あなたに逢いたくて 66
「何の事ですか?ペク先生、ここに仕事に来たのでしたら、個人的な事に踏み込んだりしないでください。昼食を終えたらすぐに午後の巡回ですから、その前にお使いになられる部屋にご案内します。」
スンジョに背中を向けて部屋を出ようとした時、不意に後ろから手を引かれて抱きしめられた。
「ス・・・ペク先生・・・・・・ダメ・・・・・・・」
「こうしたかった、ずっと・・・・ハニが五年前にオレの前から去った時、オレが見合いをした時からずっとこうしたかった。身勝手なのは判るけど、ハニがいなくても直ぐに、いない生活に慣れると思っていた。オレの中に簡単に入り込んで来たのだから、ハニがいない生活にも直ぐになれると思ってた。だけど、そう簡単にハニの事を忘れる事が出来なかった・・・・・・・・オレが本当のオレでいられるのは・・・・・・」
ハニは自分を包み込むように抱きしめているスンジョの腕をそっと外して振り向いた。
「ペク先生、もう五年前のわたしとは違います。あの頃より私達は大人になっているんです。それに私は、母親になりま・・・・・」
ハニは涙が出そうになって来た。
スンジョの悲しそうな、まるで子供が迷子になって母親を探している時のように不安げな表情をしていた。
「部屋に案内します。」
診察室のドアを開けるハニの後ろに付いて、自分がこれから過ごすことになる部屋に向かった。
診察室から離れの部屋に通じる廊下の窓から見える診療所の庭で、スンハが古びれて錆びた遊具でひとりで遊んでいた。
錆びたブランコの鎖がキィキィと音を立てている。
ブランコに乗ったり滑り台で滑ったり。
老人ばかりの島で同じ年頃の友達がいないスンハは、それでも楽しそうに一人遊びをしていた。
いない友達の名前を言ったり、見えない相手と一緒に笑ったり。
「いつもああして一人遊びをしているのか?」
「大体は・・・・・時々相手をしてくれる人もいるけど、みんな歳をとっているから・・・・・・・」
そんなスンハを見てどこか自分と似ていると思った。
スンジョはあの年頃の時、女の子の格好をしていたばかりに幼稚園で男の子だとばれた時に気持ち悪がられて誰も遊んでくれず、いつも一人でポツンとしていた。
「スンハはオレの・・・・・・・」
「スンハには父親はいないの・・・・・・・」
拒絶するようなハニの一言が、胸にグサリと鋭いナイフで抉るように刺さった。
「ペク先生、お風呂は何時に入られますか?先生の御希望の時間に用意します。」
「ハニ達の後でいいから。」
「私達は先生の身の周りの世話をする為にいるので、その後で入ります。朝食は朝6時半、昼食は患者さんがいない時は12時、夕食は6時となっています。御希望でしたらお夜食も用意します。洗濯物はこのランドリーボックスに入れて置いてください。電話は診療所受付に一台あります。それから、薬やガーゼなどの買い出しは週に一度、木曜日に私が半島まで買いに行くのでそれまでに必要な物はリストアップしてください。」
それだけのことを、スンジョの視線を避けるように一気に事務的に話した。
「食後に、コーヒーが欲しいんだけど。用意できるか?」
「先生のお好みの味かどうかは判りませんが、用意できます。他には?」
ハニの瞳はスンジョを映していない、冷めた瞳をしていた。
昔、自分がそうだあったような心を閉ざし人を拒絶したような。
「無いようでしたら、巡回の用意をしていますので・・・・・・車は有りませんので徒歩での巡回になります。それでは、失礼します。」
ようやく逢えたハニの自分に対する態度が、心の奥底まで哀しみが伝わって来る。
パタンと無情に閉まるドアを、ただジッと見つめた。
ハニはドアを閉めた途端、堪えていた物が溢れ出すと」、その場に蹲り声を押し殺して泣いた。
逢いたくて、逢いたくて眠れないほど逢いたかった大好きなスンジョ君に、思いを殺して事務的に話したことが辛い。
これから三年・・・・スンハのことをどこまで秘密に出来るのかな?
スンジョ君は天才だから気づくよね?
後ろから抱きしめられた時、心臓が破裂しそうになるほどドキドキと時めいて・・・・・・・
初めて抱きしめられあの時を思い出して・・・・・・・・
どうしたら良いの?
せっかく少しだけ忘れていられるようになったのに・・・・・
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