あなたに逢いたくて 67
ドアを閉めた向こうから僅かに聞こえるハニの泣き声。
耳を澄まさないと聞こえないが、スンジョには耳元で泣いているように聞こえた。
その泣き声は、ヘラと見合いをしたと知ったあの時を思い出す。
思い出すと胸が苦しく締め付けて来るが、それは自業自得として単純に済ませるにはあまりにも酷い事を三人いや、五人にしていた。
ヘラは「私は気にしていない・・・・」そう言いながら時々ギョンス先輩と、外部との接触を断つように症例やオペ技術の研究に没頭しているオレを誘い出してくれる。
ギドンおじさんは、本当は殴りたいくらいの怒りがあるのに、親友の息子だからと食事に行くとオレの体調を気遣ってくれる。
オレが自分だけの世界に入り、ハニと会わなかった間、キム・ジョンスはオレの代わりにハニとスンハを守ってくれていた。
スンハ、たった二度会っただけでは父親のオレの事を知らないだろう。
ハニ・・・・ハニは、オレに沢山の幸せをくれた。
笑う事・泣く事・思いやる事、人として一番大切な事である一途に愛する事。
そして、自分自身を素直になって表現する事も教えてくれた。
だけれど、オレの変な心のブレーキが素直に言いたかった言葉を止めてしまった。
「先生、ペク先生・・・」
開いていた窓枠にしがみつくように背伸びをして、顔を出してキラキラと輝く瞳でスンハはスンジョを見ていた。
「オンマ、美人でしょ?」
「ああ、とっても美人だ。」
スンハは、昔オレに抱きついた事を覚えているだろうか?
「スンハちゃん、アッパの事を覚えているのかなぁ。」
スンハは少し悲しそうな顔をして、首を横に振った。
「知らない・・・・・・スンハが産まれる前に、アッパ死んだの。おばあちゃんもスエさんもみんなそう言っていた。」
悲しそうに言うスンハのその言葉が、胸に刺さるように痛く苦しかった。
「オンマの部屋に写真があったけど・・・・・・アッパの事を言うとオンマ泣くから、聞かないの・・・・・先生、前にスンハと会ったよね。」
スンハは覚えていた。
わずか二歳の頃の記憶の片隅に、自分が存在していた事がスンジョは嬉しいと思った。
「オンマは気のせいだって・・・・・・先生、見ててスンハね、走るのが速いんだよ。」
そんなに広くはない家の前の広場を、嬉しそうに走っているスンハを優しく温かい目で見守っていた。
高校生の時の男女混合のリレーで走っているハニを思い出すように、歯を食いしばって走って振り返ってスンジョに大きく手を振っていた。
抱きしめたい、自分がスンハのアッパだと言って抱きしめて頬にキスをしたい。
無邪気な笑顔を見ていると、五年間の知らないスンハの成長が、自分の犯した罪の大きさを思い知った。
母屋の方からスンハを呼ぶハニの声が聞こえた。
「スンハァ~、お昼ご飯だよ。家に入ってらっしゃい。」
「ハァ~イ、先生も呼んで行くねぇ~。」
離れのドアをスンハが開けて、ニコニコと笑ってスンジョの手を引っ張った。
小さな手が柔らかく温かで、心が染み入るように温かくなり自然に涙が滲んでくるのが判った。
流れそうになる涙を堪えながら、スンハの笑顔につられるように笑みがこぼれた。
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