あなたに逢いたくて 68
「オンマ、先生も来たよ。スンハ、先生の隣でごはんを食べたい。」
スンハの言葉に驚いたスンジョは、ハニを見ると戸惑う様な顔をしていた。
「先生、あのね・・・スンハのオンマのご飯は、世界一美味しいんだよ。」
キラキラと輝く瞳でオレを見て言うスンハに、自然とオレもつられる様に笑みが漏れる。
ハニの料理の腕前は知っている。
幼い子供相手に、母親をバカにするように言うわけにはいかない。
「そうか?楽しみだな。」
スプーンですくったご飯を、腕を伸ばしながら一生懸命にオレの口に運んでくれる。
ハニの視線を感じながら身体を屈めて、スンハに食べさせてもらう。
スンハがオレとハニの子供だと、スンハニは勿論の事ギミさんにも知られない様にしようとしていても、抱きしめてあげたいと言う思いは大きくなっていた。
お袋が親父に付き添っていた時に、家事を喜んで引き受けたハニが作った夕食の時に、生米を食べた思い出がよぎったが、あれから腕を上げたのか水加減も間違えていないし美味しく炊けていた。
「このご飯は炊飯器ではないですね。」
「オヤ!先生ご飯の味が判るのかね。今まで炊飯器じゃないと気付いた人はいなかったのに、先生の味覚は天才的だ。どうして判ったのかね。」
ギミは驚いたようにスンジョに訊ねた。
「釜で炊いたご飯は甘くてふっくらとしているんです。でも火加減や調節のタイミングがずれると難しいのに、スンハちゃんのお母さんは上手ですね。」
チラッとハニを見ると、俯いていて表情が読めない。
「はい、先生これも食べて。」
マヨネーズで和えた豆サラダを、スンジョの口に入れてくれた。
噛むと程よい柔らかさに、昔の生煮えの豆の触感を思い出した。
ガリッと音がする豆ではなく、これもちゃんと火の通っている豆のサラダ。
もう忘れたはずだったほんの小さな思い出も懐かしく、涙が落ちたのも気づかなかった。
「先生、どこか痛いの?オンマのご飯美味しくない?」
「どこも痛くないし、美味しいよ。昔、先生が大好きだった人が作った豆サラダを思い出したんだ。久しぶりに豆サラダを食べたから懐かしくてね。」
ハニがスンジョの言葉に、いつの事を言っているのか判り、ビクンとしたのが視野に入った。
生煮えの豆サラダに、火の通っていない里芋の煮つけ、殻の入った卵焼き・・・・・・・
最初の頃は<こんな物が食えるか>と言っていたのに、いつ頃からか、お袋に代わってオレ達のために一生懸命に作ってくれたのだから、文句を言ってはいけないと思っていた。
五年の月日は、知らない間にオレの知らないハニの生活が確かにあったことを思い知らされた。
昼食が終わって、一時間くらい休憩をした後に、ハニと歩いて島に来ての初めての仕事である巡回で歩いて来れない人たちの家を訪問していた。
昔と変わらなかったのは、オレの後ろを少し遅れると追いつこうとして小走りに一生懸命に付いて来る事だった。
「ペク先生・・・・・もう少しユックリ歩いてくれませんか?」
「ゴメン・・・・・」
そう言って立ち止まるとオレの背中に勢いよくぶつかって来た。
「急に立ち止まらないでください。」
「ハニ・・・・・あの頃から始まったオレ達だから、またあの頃に戻って始めないか?」
「・・・・・・・」
「ペク先生は、三年が過ぎたらソウルに帰るんです。帰ったら新しい生活が待っているから、ここでのことは忘れてください。」
「三年経ったら、オレと一緒に帰らないか?お袋も喜ぶから・・・・・・」
スンジョが振り向くと、ハニはそれまで泣くのを我慢していたのか、止める事が出来ないくらいの大粒の涙を流していた。
その涙は何を意味しているのか、昔のスンジョのように今のハニは表情を隠して読めなかった。
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