未来の光(スング) 48
夏の休暇が終わり、スングは優花と日本に帰った。
たった数週間一緒にいただけで、明るい笑顔の優花がいないと、家の中が静か過ぎるくらいに静かだ。
ハニがこの家に来たばかりの時は、キッチンに立つグミとハニのにぎやかな笑い声が家の中に響いていた。
40年以上前のその姿と、ハニと優花のキッチンに立つ姿が重なっていた。
子供たちも成長し、巣立って行ってからは随分と静かになった。
ハニも若い時の様に、大きな声で笑ったり騒いだりしないから、二人だけでこの家のリビングにいると時間の流れも忘れてしまいそうだ。
朝日の射しこむリビングで、ハニの淹れたコーヒーをすすると、何十年も変わらない心が落ち着く香りがする。
「行ってらっしゃい!」
ハニは、毎朝スンスクと一緒に車に乗って学校に行くミレとフィマンに手を振る。
いつもこうして二人の孫に手を振ると、ミラもこうしたかったのだろうと思うと胸が熱くなる。
車が見えなくなると、門をしっかりと施錠して離れのグミの所に行くのが日課になっていた。
「スングとミレとフィマンは出かけたの?」
「はい、お母さんバイタルチェックをしますね。」
グミから体温計を受け取ると、記録票に記入をして血圧を測る。
「変わりはないですね・・・・どこか具合の悪い所はありますか?」
「ないわ・・・・」
実の子供よりもかわいがっていた嫁の手慣れた様子をグミはニコニコと見ていた。
「ハニちゃんに老後を見て貰えて、いつパパの所に行ってもいいくらいに幸せよ。」
「だめですよ、お母さんにはもっと長生きしてもらわないと。」
「もう80もとっくに過ぎたし、若い頃には全く信じられなかった90と信じられない年齢に近づいているのよ。ハニちゃんのお母さんの代わりに、ずっと孫たちを見守って来たけど、みんないい子たちばかりで・・・・早く天国にいるハニちゃんのお母さんと沢山話をしたいの。」
「スングも可愛い彼女が出来て、お母さんにも結婚式に参列をして欲しいから、あと6年は生きてもらわないと。」
グミの着替えを手伝い髪を整えると、車椅子に移乗してホームエレベータのボタンを押した。
移動が困難になって来たグミは、こうして毎日ハニの介助で車椅子に移って母屋で一日を過ごしていた。
「ハニちゃんの6年は、私にとっては永遠の時間にも感じるの。スングもスンジョに似て変にまじめな子だから、大学在学中に結婚をしようとしないでしょうね。」
「優花さんがスアの部屋を使ってくれた時に、スングは優花さんの部屋にでも行くかと思ったら、あの子の意志の強さはスンジョ君並よ。一度もなかったみたいよ、二人だけの甘い時間は。」
グミとハニは顔を合わせてほほ笑んだ。
血の繋がりは無くても、お互いに長い時間を一緒に過ごしているから、考えや行動が似てくる。
エレベーターがリビングに着くと、いつもそうしているように楽しそうに笑いながら部屋の中に入った。
二人の姿を見ると、スンジョは持っていた新聞を横に置き、医療器材の入っているケースを広げた。
年々食が細くなって来たグミに、スンジョはすぐに点滴の用意をすると、ハニの記入をした記録票を見ていた。
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