未来の光(スング) 56
入院当日。
昨日来たばかりで、こっちでの生活に慣れる前に入院するのは不安だけど、家で待っている家族の為にも、のんびりと旅行をしたりして遊んでいる時間は無い。
今まで患者の気持ちになって、その不安を考えた事が無かった。
「美味いな・・・このコーヒーを数日だけ飲めないのは残念だ。」
「持って来る事は出来ないけど、同じのが売っていてよかったわね。」
ハニがオレに気づかれない様に笑っているが、本当はオレ以上に不安のはずだ。
「なぁ・・・・」
「ん?なぁに?」
「手術を受ける前の患者に、お前は何をいつも言っていたんだ?」
ハニだけがいつも患者に何かを言っていた事は知っていた。
ハニは決して優秀な看護師ではないけど、心はどんな看護師よりもすばらしかった。
「えっと・・・何だっけ・・・・退職したら忘れちゃった・・普通に・・多分、先生を信用して目が覚めたら元気になっていますよ・・・だったわ。」
どうってことのない言葉でも、ハニの言葉はとても元気になりそうに聞こえる。
「オレにも言ってくれるか?」
「ふふ・・・・いいわよ・・・直前に言うから待っていてね。」
難しい手術じゃないことは判っているが、お前はオレが戻って来るまで、きっと今にも泣きそうにしているんだろうな。
「スングに会わなくていいの?」
「退院してからにするよ。他の子供たちも知らないんだ。それに、今からの手術はお前だけがオレを待っていてくれれば大丈夫だから。」
入院用品を納めたバックを持って、スンジョは立ち上がった。
ハニもスンジョに続いて急いで上着を着てショルダーを掛けた。
何度も来ている国ではあったが、さすがに今回の訪日は緊張をしていた。
どんな時もハニを悲しませない。
生れた時は別々だったけど、最期は一緒にいたい。
ハニがいてくれたから、自分らしく今まで生きて来れた。
どんな手術も100%ではないけれど、オレはハニの為に100%で戻って来るから。
病院に着くと智樹が出迎え、そのまま特別室に案内をされた。
既に部屋の中には検査着と車椅子が用意され、明日の手術のために自己血を採取する用意がされ、心電図やレントゲンの用意がされていた。
「明日は、9時から始めるから。」
「頼む・・・・・スングには気が付かれていないだろうな。」
「大丈夫だよ。琴葉にも話していないから。」
子供たちには、健康な父親でいたい。
智樹と看護師が一通りの明日の説明をすると、病室はスンジョとハニの二人だけになった。
宿泊先を出てから無口になったハニの顔色が悪い。
今夜は一人で宿泊先に戻って過ごす事が大丈夫なのだろうかと思うくらいに顔色が悪かった。
「ハニ・・・・・大丈夫だから。9時から始まるなら、7時にここに来てくれるか?」
「スンジョ君・・泊まったらダメかな?」
「部屋でゆっくり寝ろよ。特別室と言ってもベッドが置いてあるわけでもないし、手術が終わるまでにお前が倒れそうだよ。」
ハニの肩に手を当てると、小刻みに震えているのが伝わる。
誰も来ない特別室だから、ハニの不安を取り除いてやってもいいだろう。
スンジョはそっと顔を近づけて、ハニにキスをした。
ハニから伝わる温もりが、必ずまたハニとこうしていられるようにと、自分に言い聞かせた。
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