未来の光(スング) 61
術後3日目になると、ベッドに座って本が読めるほどに回復をしていた。
食事も今朝から普通食に変わり、日に日に回復して行く感じが判る。
普通なら様子を見てあと数日で退院が出来るが、仮住まいのマンションに帰るよりは日頃の疲れを少しでも取れればと智樹の計らいで2週間の入院にして貰えた。
手術当日は、ハニは心配で病室から帰らないでそのまま泊まり込んだ。
静かな特別室のある階が急に騒がしくなって、暫くすると病室のドアが勢いよく開く。
「スンジョ君・・・起きてたの?」
「もうすぐハニが来るだろうと・・・・・」
ハニをからかう気も、今のスンジョには全くなかった。
住み慣れた国から旅行のつもりで来ただけの国で、独りで夜を過ごすのは寂しくて怖くて仕方がないから。
「病院のご飯だけじゃお腹が空くから、スンジョ君の好きな玉子焼きと里芋の煮物と、豆のサラダを作って来たわ。」
マンスリーマンションの狭いミニキッチンで作ったのだろう。
玉子焼きと里芋の煮物と豆のサラダは、今日だけではなく毎日持って来ていた。
別に、玉子焼きや里芋が好きな食べ物でもないが、いつからそうなったのかそれがスンジョの好物になっている。
「随分とお前も変わったな。買い物も一人で行って迷子にならなかったか?」
「ふふ・・・・迷子になったけど、ホテルのパンフレットを持っていたから・・・・・いくら方向音痴でも、小さな子供ではないから大丈夫よ。」
ハニの作った玉子焼きは今では殻も入っていないし、里芋も豆のサラダも火がちゃんと通っている。
グミがキッチンに立つことが無くなり、看護師を辞めてからスンギに教えてもらいながら料理をするようになっていた。
ギドンの店を引き継いだスンギに教えてもらう事を、親として恥ずかしいとか思わす、仕事を辞めたのだから家族の為に美味しい物を作りたいと熱心に練習をしていた。
勉強でもそうだったが、出来ないのではなくて、時間をかけて取り組めば、人並みに出来るハニだから、スンジョも時間があるとその様子を見ながら本や新聞を読んでいた。
「お店の人がこの里芋は粘りが強いから日の傍から離れてはいけないと言っていたの。借りている部屋の火力が弱いから、上手く作れるのか心配だったけど・・・・」
上手く出来ているのかをハニが聞きたがっている事もスンジョには判っていた。
「美味しいよ。玉子も・・・豆のサラダも・・・・」
「でね・・コーヒーも入れて持って来ようと思ったけど、時間が経つと美味しくないから退院したら淹れていあげるね。」
ここは病室だけど、帰国したらあの屋敷にふたりっきりでいる日が多くなる。
食事時にはスンスクや子供たちもいるが、あまり話さなくなったグミも年齢のせいか、ハニが食事を作っている間にソファーで転寝をしてしまう。
最初は、二人だけで向かい合って座ることが小恥ずかしかったが、今ではその空間にいる事に幸せを考えていた。
「退院をしたら、スングと会おう。」
「そうね・・・日本に来たのに会わずに帰るのもね。」
「それで・・・・形だけでも結婚式を挙げさせたらどうだろうか。」
「大学を出てからって・・・」
「自分が病気になったから言うのでもないけど、お袋の年齢を考えると6年後は難しいだろう。冗談で長生きをすると言っても、6年後は90を過ぎてしまう。賑やかなことが好きなお袋だ、オレたちの子供たちが親になるのを楽しみにしていると思う。籍を入れてもらって、身内だけで式を挙げて、披露宴は二人が一人前になってからでもいいだろう。オレがお袋に出来る最後のプレゼントとして、スングの花嫁を見せてやりたいから。」
手術が終わってスングに会わないで帰っても良かったが、今はまだ健康であってもいつどうなるのか判らないグミの最期の時には、溺愛しているハニが生んだ子供の晴れの姿を見せてやりたかった。
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