あなたに逢いたくて 72
キム・ジョンスが残してくれたファイルは、彼の性格が判るくらい丁寧に書かれていた。
ジョンスは、いつスンハの父親が自分だと気付いたのだろうか。
看護師の国家試験の時には、すでに自分がスンハの父親だと知っていたのだ。
それに、彼はハニの事をとても大切に思っていたことが判る。
スンハが産まれてから、ジョンスが任務の期間終了までの間、ハニとジョンス以外の人物・・・たぶんギミさんだろう、三人が写っている写真がまるで仲の良い若い家族のように微笑ましく見えた。
ハニが自分以外の男と一緒に笑顔で写っている写真を見て、胸が押しつぶされる思いが押し寄せた。
自分の知らないハニとスンハの時間、胎内にいる時の心音も、ハニが胎動を感じた時も、陣痛で苦しんでいた時に付いていてあげられなかった。
スンハが初めて笑ったりしゃべったり歩いた・・・・・・・何も知らない自分が悲しかった。
「先生、一緒に遊んで?」
明るいスンハの声がして窓の方を見ると、いつものように窓枠にしがみつくようにして覗いていた。
スンジョは、白衣を脱いで診察室から広場に出た。
小さな温かで柔らかな手がスンジョの大きな手を一生懸命につなぎ、ブランコの方に引っ張って行った。
抱き上げてブランコに座らせようとしたが、いつも一人遊びのスンハは上手に腰かけた。
後ろ側に廻りブランコを押すと、錆びついた金具がギィギィと音を出した。
「グリスを塗らないと危ないな。」
「いいの・・・・・スンハしか乗らないから。あのね、先生・・・」
スンハは周囲を気にして言葉を続けた。
「ブランコのギィギィは、オンマの声なの・・・・・。」
「オンマの声?」
子供は、時々思いをよく判らない事を言うことは知っていたが、スンハがそんな風に言ったことはなかった。
「オンマが、前に言ってたの。オンマは大好きな人が傍からいなくなったから、心が錆びちゃったの・・・・・だからいつもギィギィと音を出して泣いているの。でもね、スンハがいてくれたおかげでギィギィという音が少しずつ無くなって来たのよ。スンハはアッパによく似ているから・・・・って。」
四歳の子の記憶にスンジョは心の奥に冷たい風が通り過ぎたようだった。
「先生が、島に来た時にオンマに言ったの。前に見たことがあるねって・・・でもオンマは気のせいだって・・・・スンハはね、一度話を聞いたり、本を見たりしたら忘れないもの・・・・・・。」
スンジョは、自分とよく似ているスンハの気持ちがよく判った。
「先生・・・・・オンマに内緒だよ。オンマが知ったらまた泣くから。」
「ああ・・・・内緒にするよ。言ってごらん?」
「先生・・・・・・・先生は、スンハのアッパだよね。」
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