あなたに逢いたくて 73
辺りを見回して、スンハが勇気を振り絞るようにして聞いて来た。
「スンハちゃん・・・・」
「先生は、スンハのアッパでしょ?」
その言葉にブランコを押す手が止まって立ち尽くしていると、スンハの哀願するような瞳がスンジョに向けられた。
「でも、三年経ったら自分のお家に帰っちゃうんだものね。だから、今だけスンハのアッパでいてね。スンハがもっと小さい時に、学校でアッパにバイバイと手を振ってずっと我慢できたから、島にいる時だけアッパになってくれたら、大人になるまで我慢できるよ。」
学校で手を振った?学校?
ハニが看護師の試験でパランに来た時だ。
あの時・・・ハニと話をして別れた時にオレを見てスンハが手を振っていた。
遠くて言っている言葉は聞こえなかったが、スンハはその時にはオレが父親だと知っていたんだ。
「オンマは、スンハになんて教えたのだ?」
ガンガンと鳴り響く音は、子供とその母親を捨てた後悔の警笛なのか。
ガンガンとする頭で、考えを纏めようとしながらそれでも四歳の子を怯えさせないように静かに聞いた。
「最初に教えてくれたのは、アッパは結婚していてスンハとは一緒に暮らせない。でもね、オンマはスンハのアッパが世界一大好きで、大好きだったからスンハが産まれたんだよ。スンハのアッパとは一緒に暮らせなくても、スンハはオンマとずっと一緒に暮らそうねって・・・・それから、アッパが島に来た時に教えてくれた事は、三年経ったら自分のお家に帰るから、絶対アッパって言っちゃだめだよ。言葉に出して言うと哀しくなるからって・・・」
こんなに幼い子供が抱えるには大きすぎる負担。
父親が生きているのに死んだものとして、母に聞きたくても聞けなかったオレの事。
父親だと判っているのに、それを言葉にして出してはいけない。
その原因を作ったのはスンハの父親である自分だと、そう思うとなんとも言えない感情が込み上げて来た。
本当の事を言ってしまえば楽なのに、抑えつければ抑えつけるだけ込み上げる思いを、抑えることも出来ない。
「スンハのアッパだよ。ずっと探していたんだ、オンマとアッパとスンハで一緒に暮らそうと思って。アッパがスンハのオンマを沢山泣かせて困らせたから、オンマがアッパの前から離れて行ったんだよ。スンハがアッパと一緒に暮らしてもいいと思ったら、三年経ったらアッパと一緒にソウルの家に帰ろう。それまでにアッパがオンマに、沢山泣かせたことを許してもらえるように謝るから。」
「アッパ!ありがとう!スンハね、オンマよりもアッパの事が、だぁーい好き(´ゝ3・)‐☆チュッ」
スンハの可愛らしい手がスンジョの顔をそっと遠慮しがちに触れて、その可愛らしい唇がキスをすると
涙が流れそうになった。
「スンハ~、何処にいるの?何しているの?」
ハニがスンハを探している声が広場の方に聞こえて来た。
ブランコにいたスンハとスンジョを見つけると。顔色を変えて駆け寄って来た。
「先生もスンハと一緒にいてくれたのですか?ありがとうございます。先生のお好きなコーヒーが有ったので買って来ました。」
スンジョと目を合わせようとしないハニを見ていると、横からスンハがお茶目にウインクをしてつついた。
「あれ?オンマァ~、ケーキを買って来たの?」
「今日はね、ペク先生の誕生日なの。」
誕生日・・・オレの誕生日・・・
もう随分と長い間忘れていた自分の誕生日を・・・・・ハニに言われて初めて気づいた。
「先生・・・いくつになるの?」
「27歳になるんだよ。ハニ、覚えていてくれてありがとう、五年前から自分の誕生日の事は忘れていた。ずっと、大切な人を探すのに必死だったから誕生日を祝ってもらうこともなかった。」
スンジョ君どうしてそんなことを言うの?スンハが変に思うじゃないの・・・・・
もう・・・・忘れて・・・・・私の事を、お願い・・・・
「ペク先生は、パーティーとかは嫌いですよね。プレゼントは何がいいですか?こんな小さな島なので何もありませんが、来週半島に買い出しに行った時にご希望の本を買って来ます。」
「ハニ、何でもいいか?」
「何でもいいです。」
スンジョと目を合わせようとしないハニの身体の向きを自分の方に向かせて、頬を両手で挟んで目を合わせる様にぐっと力を入れた。
「スンハの父親になりたい、そしてハニと結婚がしたい。」
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