思わぬ同居人 7
アイツの目を手で覆って肩を掴んで自分の方に向けた。
睫毛が動いてオレの掌をくすぐる。 手を肩に置いた瞬間、アイツの細い肩が僅かに震えていた。
バカだな。
怖いのなら強がって『見てやる』なんて言うなよな。
痴漢はオレと目が合った瞬間、一目散に逃げ出した。
捕まえておかなければまたコイツに逆恨みをして、後悔させてしまうかもしれない。
黙って痴漢を追いかけるオレの後を、アイツが必死に付いて来る。
すぐに追い付き、痴漢の肩に力をグッとて入れ掴みこちらを向かせた。
「ごめんなさい・・・見逃してください。」
オレは一言も言わず表情を変えずに直視した。
「家には妻も子も・・・・・・」
お決まりのように言う言い訳をさらに続けさせた。
「初めてなんです・・・・・リストラされて、つい出来心で・・・・・・・」
コイツはもうやらないと感じて、掴んでいた襟元の手を緩めて突き飛ばした。
腰砕けの状態で後ずさりして逃げようとする痴漢にオレは声をかけた。
「待てよ。」
そう言って手を出してもアイツにはそれが殴られるかと思ったのか、両手で頭をかばって身構えた。
こんな気の弱い奴に凄んで見せるのも無駄だ。
「ポケットの中の物を返せよ。」
痴漢はオレの言葉にホッとしたのか、薄汚れたトレンチのポケットからハニの真新しい靴を差し出した。
「行けよ・・・・」
痴漢が走り去った後に、ハニがオレの傍まで近づいた。
「ありがとう。心配で迎えに来てくれたの?」
「こんな物のために、無駄に痴漢に立ち向かうな。」
靴をポンと放り投げると、たかが靴なのに大切な物を扱うように抱きしめて安心したような顔を見せた。
「おばさんが靴を買ってくれて、今日初めて履くんだもの。」
なぜかその言葉が凄く温かく感じた。
オレにとってたかが靴なのに、コイツには宝物のように言える事が不思議だった。
もう大丈夫だと思って歩きだすと、バタバタと走って付いて来た。
「ねぇねぇ・・・・心配で迎えに来たんでしょ?」
「誰が!」
コンビニの袋を上げて否定をしたら、オレの腕に手を掛けて袋の中を覗き込んだ。
柔らかな髪がフワッと腕をかすめた。
「アイスクリームだ!ちょうだい!走ったから凄く喉がかわいちゃった。」
「溶けている・・・・・随分待っててくれたのね・・・・・。」
「お前なんか待ってられるか・・・・この気温で溶けただけだ。」
「へェーイ、そんなことを言って!素直じゃないねぇ。」
コイツの明るい声が鬱陶しいと思っていたのに、何故か無事が判った途端に安心して嫌じゃなくなった。
女の子とこうして歩いたこともコイツが初めてで、人が気になったのもコイツが初めてで。
何かが変わって行くようで、オレの心の奥の氷が少しアイスクリームのように溶け始めた。
「おい!」
「何?」
何だろう、この間合いが楽しく感じるのは・・・・・何故だろう。
「余計なことを言うなよ。」
「言わないよ、痴漢に遭った事は・・・・皆が心配するものね。」
オレはそう言いたかったわけじゃない。
オレが待っていたことを言って欲しくなかっただけだ。
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