あなたに逢いたくて 75
急に降り出した大粒の雨は、あっという間に猛烈な雨に変わり、雨宿りをする場所に向かって走ると舗装されていない道は泥濘(ぬかるん)で来た。
所々、大きな水たまりが出来てそこに足を着くとズボッと足が沈んで行く。
「スンジョ君、こっち・・・」
スンジョは、聞き逃さなかった。
ハニが【ペク先生】ではなく【スンジョ君】と、呼んだのを・・・・・
何時も、スンジョの後ろを付いて来ていたハニが、土地勘があるから初めて前に来た。
ハニの小さくて華奢な手が、スンジョの大きな手を握って、引っ張られる様に走っていると、スンジョは無意識に昔のハニに戻っている事に笑みが溢れた。
その手を離さないように、強く握り返してもハニは気づかない。
追い越してスンジョが引っ張る事の方が速いが、そのまま手を引かれハニが行く方に付いて行った。
オレの歩調に何時も合わせてくれたハニに、今度はオレが合わせよう。
ハニは何度も泥濘に足をとられて、転びそうになっていた。
スンジョはグッと腕を引き、ハニの身体を起しながら付いて行った。
雨宿りの為に行き着いた場所は、灯台守の古びた小屋だった。
隙間だらけで雨風がなんとか凌げる(しのげる)だけの小屋。
「前にもスンハと来たことが何度かあるのだけど・・・・たしか・・・・・毛布とタオルがあったはず。スンジョ君待っていて・・・・・・・」
ハニはさっきからずっとオレの事を、先生とではなく名前で呼んでいる。
こんなとんでもない悪天候の状況なのに、心の中は晴れ渡っているようだった。
診療所に大雨でふたりとも変える事が出来なくなったと、ギミさんに電話をしないと・・・
「・・・・・・・ギミさん。ペクです・・・・・はい、今ハニと灯台守の小屋で雨宿りをしています・・・大丈夫です・・・・・雨が上がったら、すぐに戻ります・・・・・・・スンハ・・・スンハ?アッパだよ。オンマと一緒にいるから・・・・・・・ああ・・・・・アッパがオンマを守ってあげるから大丈夫だよ。おばあちゃんと待っているんだよ。」
ハニがオレとスンハが話していることを聞き、またいつもの自分に戻って身体を震わせていた。
「スンジョ君・・・・・スンハはスンジョ君の・・・・・・・」
「オレの子供だ。ハニが違うと言っても・・・・たとえ血が繋がっていなくても、ハニの子供ならオレの子供だ。でも、ハニはオレ以外の男を好きになれないのだから、オレ以外の男の子供を産むことはないと思っている。そんな事よりも、身体が雨に濡れて冷えているから、こっちに来て当らないか?」
スンジョはポケットからライターを取り出して、乾いている草に火を点けた。
「火を熾したから、こっちに来いよ・・・・・・」
暖を採るために焚いた炎を見つめているスンジョに引き付けられるようにハニは近づいた。
「スンジョ君・・・タバコを吸うの?」
「時々・・・・」
五年間の間に知らないことがあった。
前はスンジョはタバコを吸うことはなかった。
スンジョの知らないハニがあるように、ハニに知らないスンジョの時間が、五年間の間に確実に会ったのだと思った。
「暖かい・・・・・」
ハニが火に手を翳して温まっているが、身体が芯まで冷えきってガタガタと震えていた。
「ハニ・・・・・服を脱げ・・・・・」
そう言ったと同時にスンジョは、ロープを見つけて柱と柱の間に張ると、雨に濡れた服を脱いで、ロープに広げて干した。
「エッ!・・・・・・・」
服を脱いだスンジョの姿に躊躇していると、火の傍に座り背中を向けた。
「濡れた服をいつまでも来ていると身体がどんどん冷えていく・・・・・・・恥かしがるな。向こうを向いているから・・・・・・・・」
スンジョが背中を向けて、ハニが探してきた毛布を後ろ手で渡した。
毛布に包まり火に当っていて、外気温が下がって行くこの時期、雨で一度濡れた身体ままで夫々でいると二人とも、温まるには難しくて子もままでいては肺炎を起こしかねない。
ハニが、となりいるスンジョにまで聞こえるくらいに、歯をガチガチと音を立てている。
「バレンタインの雨の日の時を思い出すね・・・・・・・・」
「・・・・・・・ハニ・・・・・・肌を合わせて温まろう。」
「・・・・・・・・・・」
「何もしないから・・・ただ温まるだけ・・」
ハニが緊張しているのか、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
二人は顔を見合わせて、バレンタインの雨の時の事を思い出して吹き出した。
「一緒だ・・・・・・でも、あの時と状況も違うし、このままでは体温が下がって二人とも肺炎になる。」
コクリと頷いてハニはスンジョが開いた毛布の中に入って来ると、すっぽりとその場所がハニの居場所の様に納まり、二人の毛布を二重に掛け合わせて包まった。
「温かい(あったかい)・・・・・さすがスンジョ君・・・・・もう、温かくなって来たね。」
お互いの速く打っている鼓動が伝わって来た。
何年かぶりに合わせた肌と肌、ハニだけではなくスンジョも緊張していた。
ダメだ・・・・ハニと愛を確かめ合っていた時を思い出してしまう。
ハニの肌がオレの押さえている理性を狂わせそうだ。
炎を見ているハニの顔はほんのりと赤みがさして来ていた。
間近で見るハニの顔にそっとスンジョは顔を近づけて、ふっくらした唇に五年ぶりに触れた。
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