あなたに逢いたくて 76
どうしてこの小屋に来たのだろう。
この小屋は、スンハと薬を届けに行った帰りに休憩するために使っていた。
毛布に薪は、寒い季節に運び込んだまま片付けなかった。
薬を届けに行った帰りに休憩するために使っていたけど、それだけの為に毛布が置いてあったわけじゃない。
疲れて眠っているスンハを見て、その寝顔がスンジョ君に似ているから思い出して泣いていた。
寝ているスンハに聞こえない様に、毛布で顔を覆って泣いた。
この今にも壊されてもいいくらいに古い小屋が、私にとっては大切な場所でもある。
島の中でここが一番スンジョ君のいるソウルに近い所だから。
この小屋の中でスンジョ君を思い出していた時に、陣痛が来たのも私にとって大切な思い出の一つ。
まだあの時は30分以上の感覚があったから、診療所まで歩いて帰って直ぐに破水をした。
初めての妊娠で、誰にも頼らずに産もうと決めたけど、結局人間は一人では生きられない事を知ったのも、もしかしたらこの時が初めてかもしれない。
パパが私の為にスンジョ君にもおばさんにも内緒にしてくれた。
勿論、おじさんも私が妊娠したことは知らない。
「おばあちゃん・・・・痛い・・・痛い・・・」
「ハニ、頑張るんだよ。陣痛の痛みがあるから、お母さんは子供を守るために強くなるんだ。」
おばあちゃんの励ましの言葉は、厳しい毛でいつもあたり前の事を言っていた。
「まだ陣痛が始まったばかりだ、もっともっと痛くなるけど、ハニなら絶対に乗りきれる。」
「うん・・・・」
そうおばあちゃんに言われて、頑張ろうと思っていた。
まだ子宮口が開いていないから、産まれそうにもないとおばあちゃんとスエさんが話しているのが聞こえた。
その後も、陣痛の波が押し寄せたり弾いたりを繰り返していた時に、気を失ってしまった。
気を失ってしまっても、夢の中でスンジョ君を思っていた。
それが夢だとは気が付かないで、ずっとスンジョ君を呼んでいたのに来てくれないし振り向いてくれなかった。
キスして欲しい。
抱きしめて欲しい。
初めてのお産がすごく不安で、不安だから怖くて仕方がない。
スンジョ君が、大丈夫だと言ってくれれば大丈夫なのに、すぐ傍にスンジョ君はいなかった・・・・・
「どうかしたのか?」
「スンハを産むときの事を思い出したの。」
「オレとキスをしている時に?」
恥かしそうに俯いて頷くハニは、初めて結ばれたあの時と同じくらいに可愛かった。
「教えて、スンハが産まれた時の事。」
ハニがスンジョの身体から少し離れると、暗い小屋の中をグルッと見回した。
小屋の外壁に当たる雨の音は大きいが、この小屋の中だけが別の世界の様に静かだった。
「この小屋でいつもスンジョ君を思い出していたの。この小屋が一番ソウルに近い場所だと思っていたから。」
「緯度とかで言うなら、ここよりも港の方が近いぞ。」
「そうかもしれないけど、港よりも突き出た地形だから・・・・・この小屋でスンジョ君を思って泣いていた時に、陣痛が始まったの・・・」
キスでハニの心が少し解れ(ほぐれ)て来たのか、スンハが産まれる時の事や、ここでスンハと休んでいる時に、うっかり眠り込んでしまって、島中の人が二人を探していた話をした。
5年前なだけなのに、思い出が多すぎるのか、時々話が前後して混在している事もあったが、それはそれでハニらしくて、次から次に出て来る言葉よりもその唇がスンジョには魅力的に写っていた。
そのハニの唇に触れたくて、スンジョは言葉を遮るようにまたキスをした。
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