あなたに逢いたくて 78
日付が変わるまで降っていた雨が上がり、波の静かに打ち寄せる音が聞こえて来た。
スンジョの鼻先をくすぐるハニの柔らかな髪の毛が、甘いシャンプーの香りを放っていた。
少し身体を離して覗き込むと、五年前と変わらない寝顔を間近に見ることが出来、探し続けた大切な宝物がこの胸の中にいると思うと嬉しさがこみ上げた。
あの頃は、自分達をくっつけようとしていたグミの目をごまかして、見つからないように適当な嘘を吐いてハニを自分のマンションに呼んで一晩一緒に過ごしたりしていた。
少し開いたハニのふっくらとした唇を、包み込むように口付けるとハニが身強い(みじろい)だ。
「ん・・・・」
ハニが目を開けると、そっとスンジョは何もなかった顔をして微笑んだ。
「おはよう・・・・・・」
「スンジョ君・・・・おはよう。」
昔と変わらない甘ったるい寝起きの顔で微笑み返したハニ。
「服も少し湿っているが、何とか着られそうだ。診療所に帰ろう。スンハが心配して起きて待っている。」
スンジョに背を向けて恥ずかしそうに服を着ているハニは、内緒で付き合っていたあの頃と同じだ。
「昔と変わらないな。」
「そ・・・そうかなぁ・・・スンハを産んだから、体形も変わったし27歳になったからおばさんだよ。スンジョ君は全然変わらないね。」
「オレも変わった。あの頃より、ハニが益々好きになっているし欲しくて仕方がない。」
「ヤダ・・・・スンジョ君・・・・・・・もう・・・・・・からかっているんでしょ?」
心の痞え(つかえ)が取れた二人は、若い恋人同士のよう顔を見合わせて笑っていた。
外に出ると、朝陽が眩しく輝いていた。
道はまだ泥濘んで(ぬかるんで)いて、そこに踏み入れて転ばない様にハニの手をしっかりと繫いだ。
早朝で、誰とも出会うことなく診療所にたどり着くと、眠っているかもしれないギミとスンハを起こさない様に静かに玄関のドアを開けた。
診療所の中は、きっと遅くまでギミが起きていたのだろう、部屋の中を二人が帰って来た時に寒くない様にと温かくしていてくれた。
「おばあちゃん?おばあちゃん・・・・・・ただいま。今、帰って来ました。」
ハニが声を掛けると、台所から熱いお茶を運んできた。
「お帰り、ペク先生・ハニ。熱いゆず茶を入れたから飲みなさい温まるから。お風呂も沸いているからお茶を飲んだら入るといい。」
「ありがとうございます。ハニ・・・・・先に入って来いよ。」
スンジョのその言葉にハニは嬉しそうな顔をした。
「ううん・・・スンジョ君が入って来て。診療時間前に患者さんが来るかもしれないから。」
スンジョ君・・・・・・・ハニがそう呼んだ時、ギミは二人の隔たりが無くなったことに気が付いた。
スンジョが風呂に入っている時、朝食の準備をしながらギミが聞いて来た。
「ペク先生と何の話をして来たんだ?」
ハニはドキリとしてギミの方を向いた。
「なっ・・・・何もなかったよ・・・・・雨で服が濡れたから毛布に包まって・・・・・・」
ギミはハニの頭をコツンと叩いた。
「何の話をして来たんだ・・と聞いただけだ。スンハが産まれることをしたことがあるんだから、別に二人が一晩何をしようとおばあちゃんは構わんけどな。時々沈んだ顔をして遠くを見ていたハニが、診療所に帰って来たら幸せそうにペク先生を見てるからな・・・何か嬉しい事でも話していたのかと気になって聞いてみたかっただけだ。」
スンジョにプロポーズをされた事を、言おうかどうか迷いながら、小さな声でボソボソと話し始めた。
「ペク先生が・・・・ちゃんと結婚しようって・・・・・スンハが誰の目も気にしなくて、ペク先生の事をアッパと言えるようにって・・・でもね・・・・おばあちゃんが島で一人になるから・・・・・私、断るつもり。」
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