あなたに逢いたくて 79
「ハニ、それでいいのか?それでいいと思っているのか?」
ハニは、少し考えながらうなずいた。
「おばあちゃんの為に島に残るつもりでいるのなら、おばあちゃんは孫が幸せを諦めても島に残って欲しいとは思わないよ。それに、ハニはいいかも知れないが、スンハはどうするんだ。それと、ペク先生は・・・・ハニにはもったいないくらいの人じゃないか。男が五年間も一人の女を探し続けるなんて、本当にハニに惚れていると言う証拠だ。ハニも今までおばあちゃんの為に、診療所を手伝いながら看護師になって頑張ったんだ。診療所のことは何とかなるから、自分の幸せを考えてみなさい。」
「うん・・・・・・」
診療所の廊下をバタバタと小さな足で、騒々しく走って来るのが聞こえて来た。
「オンマァ~!」
スンハが、起きて来たのだった。
厨房のドアが勢いよく開き、真っ直ぐハニをめがけて飛ぶように入って来た。
「アッパが、ちゃんとオンマを守ってくれたの?」
アッパと言うスンハの言葉は、そのままスンハの気持ちを表しているように弾んでいた。
もうハニには、スンハにアッパがいないと言って聞かせる事は出来なかった。
もう、心を開いてスンジョのもとに行った方が良いのだろうか?
人を待つことも追いかける事もしなかったスンジョが、五年の間ただ自分の為に待っていてくれた。
昔のスンジョとは全く違う、心が広く温かいスンジョが、この遠い島まで来てくれた。
妊娠を知らせなかったのに、子供好きなスンジョはスンハを自分の子供だと言ってくれた。
ハニが違うと言っても、ハニの子供なら自分の子供だ。
勿論、スンジョがスンハが自分の子供だと判っている事もハニには判っている。
「そうだよ、アッパがオンマを守ってくれたの・・・・・・だから、怖い雷が鳴っても泣かなかったわよ。」
ハニのその言葉に、スンハはキョロキョロと誰かを探しているようだった。
「アッパは?オンマ・・・アッパどこ?」
「アッパは診療所を開ける前に、お風呂に入っているの・・・・・・お利口に・・・・」
言い終わらないうちに、スンハは浴室に向かって走り出した。
「スンハも、アッパとお風呂に入ってくる!」
止めようとするハニをギミは制した。
「ハニ、ペク先生もスンハが自分の子供だと知ったんだ。まだ幼いスンハに、父親はいないと言って我慢をさせる事はもうやめなさい。片親で育つ辛さ淋しさはハニが一番わかるだろう。ペク先生は、ハニとスンハを大切にしてくれる。ハニとスンハを見ている目はとても温かくて、懐が大きい事が伺えるよ。人生経験は、ハニやギドンよりも長いんだから、おばあちゃんがそう言うのなら間違いがないよ。先生が帰る時には一緒に行きなさい。任期まではまだ時間もあるから、ハニもよく考えて結論を急ぐことはないから。」
スンジョに付いて行きたい反面、年老いたギミを島に残して行くことに不安があった。
浴室の方からはお湯が壁にかかる音とスンハの燥ぐ(はしゃぐ)声と笑い声が聞こえてきた。
のんびりとした島の診療所は、特別に診察が忙しくなるわけでもなく、時々定期的に薬を取りに訪れるだけの患者しかいなかった。
いつも通り診療所前の広場でスンハが錆びついているブランコに乗ったり、滑り台で滑り降りながら一人遊びをしていた。
「ジュナ、スンハねアッパがいるの。世界一のお医者様だよ。背が高くて、優しくて、かっこいいんだよぉ。」
スキップをしながら、歌を歌いながら、嬉しそうにそこにはいない、架空の友達の名前を呼んで遊んでいた。
「オンマね、もうブランコに乗った時に出る音みたいに、ギィギィしないと言っていたよ。嬉しいなぁ・・・・・・・オンマが笑うとスンハも嬉しいの・・・」
「ハニ・・・・オレと結婚してくれるよな。スンハがあんなに嬉しそうにしているのを見ると今すぐにでも結婚したいくらいだ。」
ハニはまだ迷っていた。
自分が幸せになるためには、島に来た時に結婚もしていないのに子供が出来てお腹が大きくなった自分を、何も言わずに黙って受け入れてくれたギミの事を思うと、返事をするのがためらわれた。
「きちんと結婚をして、スンハをオレの籍に入れてオ・スンハとしてではなくペク・スンハとして生活をさせてあげたいと思わないか?本来なら幼稚園に行って元気に友達と遊ぶのが普通だろ?週に何度か半島の幼稚園に行くのではなくて、毎日ペク・スンハとして育ててあげたらどうだ?」
一人遊びしているスンハを見ているスンジョは、とても優しくて温かい顔をしていた。
いつもよりもブランコの軋む(きしむ)音が大きく嫌な音とともに、スンハの大きな泣き声が診療所の診察室の中まで響いた。
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