思わぬ同居人 56
スンジョとヘラは他の新入部員とは別メニュー。
簡単にアップをすると、上級生と一緒に素振りをして軽く流す程度のサーブの練習。
全くテニスをした事のないハニは、また他の新入部員とは別メニュー。
アップをして筋トレや柔軟をすると、球拾いをするのが新入部員。
球拾いどころかまったくラケットさえ持てないハニは、練習準備の雑用係をさせられていた。
初日はハニも仕方がないと思っていたが、一週間もするとなぜ自分だけがと思っていた。
「先輩・・・先輩・・・・」
ハニは上級生の中で一番話し易いと思っているギョンスに声を掛けるが、サーブを練習している部員たちに指導と言うつもりの怒鳴り声で聞こえていない。
「スンジョ君・・・ねぇ・・・」
「何だよ。」
「私も、球拾いをした方がいいよね・・・」
「さぁ・・ギョンス先輩かキャプテンに聞けよ・・・・ほら、邪魔だ。」
サーブの練習をしながらハニに応えていると、それに気が付いたギョンスの大きな怒鳴り声が聞こえた。
「そこ!スンジョとオ・ハニ!喋っている暇なんぞないぞ。」
「ハニ・・お前のせいだ。責任を取れよ。」
「そんな・・・」
目を吊り上げて、普段とは違う形相のギョンスがこちらに歩いて来た。
「ハニ!練習中は私語禁止だ!」
ハニは先輩の恐ろしさを知らない。
事前に教えておけばよかったが、先輩を物腰が柔らかくて優しいと言っているから、その考えを否定してしまうのは可哀想だと思って言わなかったのが間違いだった。
「同じ新入部員で、スンジョ君やヘラは判るけど、私も球拾いをしたいですよ。雑用ばかりじゃ、全然練習も出来ないし、いつまで経っても上手にならないじゃないですか。」
ハニの頭から足の先まで見ると、ギョンスはニッコリと笑った。
その笑顔に安心した顔のハニを見て、スンジョは不味いと思ったが、そんな事を伝える事など出来ない。
「ハニ、お前はラケットは持っているか?」
「勿論!一度もやったことはなくても、ラケットは持って来ていますよ。」
「そうか・・・」
そう言うと、ギョンスは中央にあるコートの向こう側に立ち、ラケットを手にして顔を上げた。
その顔はいつも見る気易い感じとは打って変わって、人が変わったような厳しい顔になった。
ギョンスのことをよく知っている部員は、ゴクリと唾を飲みこみラケットを持つ手に力を入れた。
スンジョも特別扱いのヘラも上級生と同じく、ギョンスの変貌を見てニヤリとした。
「新入部員のハニから、一年も上級生と同じ練習をしたいと言って来た。」
小さな声でスンジョの傍にいるハニは震えながら呟いた。 「そんなことは言っていない・・・」
確かにハニはそんな事を言ってはいないが、それを言ってもギョンスは受け入れないだろうし耳に入らないだろう。
「新入部員!一人ずつオレが打つボールを受けろ・・・・一人ずつコートに入れ!」
本格的に練習が出来ると言っても、人が変わったギョンスが打つサーブは、とても普通の部員には受ける事が出来ないほど強かった。
まるで特訓のような練習に、自分の番が回って来る前に逃げたくなっていた。
「次!ヘラ!ユン・ヘラ!」
ヘラに対しては、特訓というより軽い練習の様なサーブに、一つも受け損なうことなくスンジョの番になった。
「ペク・スンジョ!お前はオレに真剣に向かって来い。」
「真剣に向かってもいいのですか?」
真剣に向かって来いと言う先輩の言葉にニヤリと笑って応えた。
「いい、オレは誰にでも真剣に向かって来て欲しい。オレを超える下級生を育てたいんだよ。」
ギョンスはまだ一度も、スンジョに勝った事が無かった。
ラケットを握ったギョンスの変貌に驚いている新入部員たちは、誰もスンジョがギョンスを打ち負かすとは思ってもいなかった。
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