思わぬ同居人 75
糊の効いたワイシャツに袖を通して、ネクタイを選んで上着と鞄を持った。
まだ朝早い時間で、ウンジョが起きる気配はないが、隣の部屋で休んでいるハニにも聞こえない様に静かにドアの開閉をした。
階段を一段降りようとした時に聞こえる、誰かがキッチンで朝食を作っている音。
大袈裟なほどに食器を当てている音で、それがハニだとすぐに気付いた。
「随分と早起きだな。」
「あっ!スンジョ君、おはよう!おじさんが会社に行く時は、おばさんが起きていた時間がこの時間だったから、その少し前に起きたの・・・・・座って・・・今並べるから。」
目が赤く腫れぼったくて寝不足気味の目を見れば、いつから台所に立って朝食の準備をしているのか判る。
焼き過ぎたベーコンも、入り玉子になったスクランブルエッグも、どんな顔をして作っていたのか想像が付く。
「何か出ていなかった?」
冷蔵庫のドアを開けていると、ハニがスンジョに聞いて来た。
「ストロベリージャム・・・・」
「あっ!忘れていた・・座っていて。」
「もういいよ。」
甘い物は苦手でも、このストロベリージャムだけは幼い頃からずっと食べ続けていた。
「はい、コーヒー。」
何もスンジョが言わなくても、いつもグミがそうしているように、スンジョが次に欲しい物が何なのかをちゃんと覚えていて出してくれた。
いつも忘れっぽいハニが、自分の為に朝早くから起きて食事を用意してくれている事に、今まで思っていた気持ちとは違う感情が沸き起こって来た。
父は疲れた身体で家に帰って来ると笑顔で家族の話を聞き、翌朝起きてもまだ疲れが残っている身体と気持ちを切り替えて会社に行く意味も判るような気がした。
「ごちそうさま。行って来るよ・・・・・」
「待って・・・お弁当も作ったの。」
「お前・・・・・」
お袋も毎日親父の為に弁当を作っていた。
そんなことまで、お前はこのオレにやってくれたのか?
たかが、この家に住んでいる同居人のお前が。
「いったい何時に起きたんだ?料理が苦手なお前が、朝食の準備をして弁当まで作って・・・少し早めに起きた訳じゃないだろ?」
「うん・・・・」
恥かしそうに俯くハニを見ていると、『ありがとう』そう言って抱きしめてあげたいと思ってしまうが、スンジョにはそんな事は出来ないしすることはない。
「寝坊をしたらいけないから、眠らなかったの・・・・あ・・でも大丈夫だよ。今日は午後から講義だから、ウンジョ君が学校に行って、それから台所を片付けて洗濯をして掃除をしたら寝るつもり。」
家事をして寝る時間がお前に無いことくらい、オレだけじゃなく他の人でも気が付くはずだ。
その気持ちだけで、お袋もきっと嬉しいと思うよ。
無理はするなよ。
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