思わぬ同居人 77
放送室から各部署のモニターに、スンジョが社長代理として今日から出社をしていることをコン秘書から紹介された。
社長のスチャンが体調不良で暫く出社できない事のみを伝え、病状を知らせる事はしなかった。
心臓が悪いと伝えてしまえば誤解をする事は分かっている。
入院先の病院も多数の社員が行けば、他の入院患者の迷惑になるからと、教えられない事を伝えるだけの挨拶をした。
「こんな感じで良かったのでしょうか?」
「はい、いつも社長は一言だけの挨拶で、長い話をされることはありませんよ。」
放送室を出て開発室に向かう廊下を、室長と並んで歩くとすれ違う社員が頭を下げて行く。
通り過ぎるとヒソヒソと話しているのが聞こえるが、そんな風にされることにはなれていた。
「ここが開発室です。」
開発室の奥のドアが社長室。
開発室のドアを開けると、スタッフがスンジョに視線を向け、それに応えるように頭を下げた。
「社長の息子さんのスンジョさんです。今日からしばらくの間、社長代理として仕事をしていただきます。」
開発室内の社員の顔を一通り見ると、軽く頭を下げ会釈した。
「よろしくお願いします。」
興味深そうに見ている開発室のスタッフの視線を受けながら、コン室長の後ろに付いて社長室の中に入った。
机の上に山積みの書類。 一つ一つ手に取ってみると、各部署から来た決裁書類だ。
「すみません、一昨日と昨日の分の書類です。私たちが出来る事はしてあるのですが、そのほとんどは社長印が必要なので、スンジョさんが目を通していただいて不備がないかを決めてください。このファイルに過去の資料があるので一読していただければわかるかと思います。」
親父はパソコンをあまり使えない。 購入したと話は聞いていたからどこかにあるはずだが、社長室には置いてある形跡がない。
パソコンが使えれば、過去のファイルももう少し解りやすくなるはずだ。
「社長用のパソコンを購入していますよね。持って来ていただけますか?それと容量の大きい保存媒体を2本お願いします。」
「秘書室に置いてあるので直ぐにお持ちします。その間にファイルを少しでよろしいので見ていただけますか?」
ほどなくして社長用のノートパソコンと2本の保存媒体を持って戻って来てくれた室長に、一読した資料のデータ―管理をする事を話した。
退院して体調が戻ったら、親父にパソコンに保存したデータの確認方法と保存方法を教えた方がいいだろう。
決裁資料に押印をし終って、データを入力していると、室長がノックをして入って来た。
「今日お約束をされていた、オリエントコーポレーションのユン頭取がいらっしゃいましたが・・・・社長がいらっしゃらないので、延期しますか?」
「それはいけない、約束をしていたのなら会いましょう。」
この時に会ったユン会長が、自分の運命とハニの運命に左右する事になるとは思ってもいなかった。
「初めまして、スチャンの息子のスンジョです。」
「噂通りの息子だな。君の話は社長から聞いているよ、自慢の息子だと。でも勿体ないな、テハン大に行かないでパランにしたのは。」
「いえ・・・あの・・父が途中まで書いた新作ゲームに関する書類に、今朝一読した書類から判断して仕上げました。前回お知らせした融資金額への振り分けもこのように計算をしました・・・・・でこちらに新作ゲームの広報関係の資料と、ゲーム音楽の作曲はハン・チョルス氏とキャラクターデザインは、ずっと依頼をしていた人なので信頼できます。」
一読した資料とファイルで、自分なりに選んだ人選。
それに関わる人たちには、会長が見える前に電話で確認を取っていた。
オリエントコーポレーションは、この国で1・2位の大手の銀行。
この銀行の会長は、いい加減な内容の融資依頼書やゲーム作成に関わる報告書は作れない。
出社して初日に、会社を左右する仕事が待っているとは思いもしなかった。
ユン会長の部屋に入って来た時のにこやかな顔とは違う、仕事に厳しい人の顔には社会経験のない自分の能力に不安があった。
「さすがに社長が自慢する息子だ。完璧な報告書に依頼書だ。社長と約束した額で融資をさせて頂くよ。」
ユン会長から握手を求められ、親父のやりかけた仕事を一つ終らせることが出来た。
ハニが作った弁当を広げた時に、コン室長が入って来た。
いかにも女の子が作ったと判るお弁当に、室長がニコニコと笑った。
「彼女の手作りですか?」
「いえ・・・これは・・・・」
コン室長の言った彼女と言う言葉にドキリとしたが、否定も肯定もしない自分に気が付かなかった。
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