思わぬ同居人 78
初日はスタッフが残っているのに、慣れていないからと定時での退社。
会社のことも、現在開発中のゲームソフトのことも、何も知らない状態でその中に加わっても発言することも出来ない。
午後から退社時間までの間、優先順位を付けてファイルをパソコンに取り込む作業をしていた。
社外秘の書類が殆どの開発室の資料は、いくら自分の家とはいえ、部外者の目に触れる所で仕事をすることは出来ない。
膨大な量の資料をデータ化してまとめるのは、いくらオレでも一人ではできない。
「コン室長。」
「はいスンジョさん。」
スンジョが一言言うと、何を言うのだろうと視線が注がれる。
仕方がない、今まで一度も会社に来たことも無ければ、会社の広報誌に家族写真等を載せたことはないのだから、スンジョがどんな人間なのか気になるのは仕方のない事だ。
「データ入力等パソコン操作が正確に出来、信頼できる社員を数人・・・・4人くらい選んでいただけませんか?資料のデータ化を一人で早急にこなすのはとても無理なのと、父が復帰した時に父をサポートして管理できるようにしたいので。」
「畏まりました。明日スンジョさんが出勤された時に、リストを作っておきます。」
室長初め開発室の人たちに挨拶をして、スンジョは駐車場直通のエレベータに乗ると、大きく息を吐きネクタイを緩めた。
何をどうしていいのかも判らない子供か、誰も友達も知り合いもいない転校生のような気分だった。
半分くらいの従業員が帰宅したのか、駐車スペースの空きが目立っていた。
エンジンを掛けて徐行しながら駐車場を出る時に、守衛に頭を下げた。
疲れた・・・・このまま家に帰って熱い風呂に入りたいが、病院に寄って親父の様子を見ておかないといけない。
親が倒れると言うのは、そういう年齢になったことだと自覚しなければいけないと言う事だ。
ガキのように、自分の思うままに行動してはいけないことくらい、判ってはいたはずなのに、初めて見つけた夢を叶えたいと思ったのは事実だ。
「ありがとうございました。私にはどうしていいのか判りませんが、先生にお任せするしかありません。主人にはまだ元気でいて貰いたいので。」
「奥さん、そんなに気にすることではないですよ。万が一のことを考えての手術なんですから。」
スチャンの病室に来た時に、グミが担当医と話している声が聞こえた。
開いているドアから見えるスチャンは、点滴をしてまだ眠っているが、救急搬送された時よりは顔色も良くなっていた。
スンジョと入れ違いに担当医が出て行くと、グミはスンジョの姿を見てホッとした顔をした。
「スンジョ、来てくれたの?」
「あぁ・・・・」
「会社に今日から行っているのよね?どうだった?」
「どうだったって、まだ初日だし今日は定時で帰らせてもらったよ。」
「そう、ママは会社のことは何も知らなくて、スンジョを助けてあげられなくてごめんね。」
たった二日でお嬢様育ちのグミは、目の下にクマを作り頬がこけていた。
「親父、手術をするの?」
「検査の結果でね・・・そんなに難しい手術ではないみたいで、この先の事を考えたらしておいた方がいいと先生がおっしゃったの。どうしたらいいかしら?」
「どうしたらって・・・親父が良くなるのならした方がいいけど、息子のオレじゃなくてお袋が決めないと。」
「そうね・・・・」
親父が手術をするのなら、早急に休学届を出さないといけない。
思った以上に良くなかったんだ。
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