思わぬ同居人 88
久しぶりの大学は懐かしかった。
長い間行かなかったわけでもないが、会社に殆ど缶詰め状態で、半月経ってやっと自分の思ったペースで仕事が出来るようになった。
一昨日と昨日やっと仕事を休めた事で、気持ちの決心が付いた。
医学部を取り敢えず休学し、親父の病状によっては退学をすることも考えた。
今回は休学をすることだけをお袋に伝えて会社に行き、親父のやりかけの仕事をすることを伝えた。
退学の事はまだ自分の心の中にしまってあるが、時期を見て伝えようと思っている。
「スンジョ!」 テニス部の部室に、私物を取りに行った時に呼び止められた。
「先輩・・」
「久しぶりだな・・・親父さんの具合はどうだ?」
「少し落ち着きましたが、まだ安心はできません。」
多かったテニス部員が、いないに等しいくらいにラケットを持っている人がいなかった。
「スンジョ、ワンゲームして行かないか?」
「いえ、今日は私物を取りに来ただけなので。学生課に休学届を出しに来たついでで・・・・・・ところで、球拾いは今日はいないのですか?」
「ハニならいないよ。アイツは最近食堂の男とよろしくやっているみたいで、練習に出て来ないよ。ハニどころか女子部員が出て来ないし、女子が来なければ男子も来なくて・・・・当然ヘラも来ないよ。」
「落ち着いたら来ますから、その時は相手をしてください。」
戻る事が無いかもしれないテニス部。
ハニの球拾いの姿を見たのはいつ以来だろう。
家に帰っても、深夜過ぎになっているからほとんど顔を合わせない。
「食堂の男とよろしくか・・・・・ジュングとお似合いだよ。」
そう自分に言っても、ジュングと一緒にいるハニを認めたくなかった。
学生専用の駐車場に停めてある会社から借りた車に乗ると、直ぐにコン室長に電話を掛けた。
「コン室長、父の病院に寄ってから社に戻ります。特に何か連絡をすることはありませんか?」
特に何もないと返って来たが、それは予定通りにゲームの開発が進んでいると言うことだ。
何も会社の事を知らないオレが、手探りで親父のやりかけを引き継いだ。
社会に出れば、自分の力で問題を解決して行かなければいけない事はあるが、それは今までもそうだったからあまり気にならないが、どんなに頑張っても親父の築き上げた会社を受け継ぎたいと言う強い気持ちが湧いてこない。
こんな状況では、親父がいない間オレの部下として仕事をしている社員に申し訳ない。
「親父・・・具合はどう?」
「スンジョ、来てくれたのか?嬉しい知らせだよ、手術をしなくても良いそうだ。」
お袋も嬉しそうな顔をしていた。
どんな病気でも、手術をすると言う事を聞くと不安になる。
「スンジョ、お前がお父さんの代わりに随分と会社で頑張ってくれているおかげだ。来月には退院が出来そうだよ。」
遠まわしに会社を継いでくれと言っている訳でもなく、やりかけていたゲームの開発が予定通りに進んでいることに安心しているのだった。
「それと・・・・お見合いの件だが・・・」
「うまく行っていますよ。親父が退院してからユン会長が両家の顔合わせをして、婚約式の日取り等を決めたいと言っていました。」
「その事だが・・・・もう少しゆっくりと考えてみないか?パパは、恋愛結婚だったからお前たちにもそうあって欲しい。好きな人とずっと幸せになって欲しい。」
恋愛について話した事が無いおやじだが、オレも親父とお袋の様に好きな人と・・・・そう思ったことは、言いたくはないが一度も無かった。
人を好きになった事が無いから、そう思うことも無いのかもしれない。
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