思わぬ同居人 98
「素敵な所でしょ?前に一度来たことがあって、ここに恋人が出来たら一緒に来たいなって・・・思っていたの。」
漢江沿いにある、オープンテラスのカフェ。
ミュージカル鑑賞の後に、もう少し話がしたいと言ってヘラが連れて来た。
「悪いな、オレはこういう気の利いた所は知らなくて。」
「ふふ・・・本ばかりじゃなくて、たまにはこういうお店に来て息抜きも必要よ。」
「そうだな。」
見晴らしのいい場所を見つけて、オレを笑顔で手招きをするヘラは、今が一番楽しいのだろう。
これで良かったのだ。
ハニを泣かせてしまったけど、ヘラが喜びユン会長が喜び、多額の融資を得られた会社は危機を脱して社員が喜び、親父が自分の身体を壊してまで大きくした会社で仕事をして喜んで・・・・・オレは全く楽しくはないけど、沢山の人が喜んでくれているのならそれでいいのかもしれない。
「スンジョ、何を飲む?私は外だし、身体が冷えてしまいそうだからホットチョコレートにするわ・・・」
「コーヒー、アメリカーノで。」
会社で根詰めない様にしてと、他愛も無い会話をして、恋人同士と言うのはこんな事を話すのだろうかと思った。
気を使う事をしなくてもいい、自分の癇に障るような話もしないし言い方もしない。
同じ考えだから、時間が過ぎるのを待つことも無いのに、ヘラとこんなに長くいても楽しいと思う事が無いとは思いもよらなかった。
「場所を移動しない?」
「どこか、良い所を知っているのか?」
知っているから、場所を移動したいことくらいわかるのに。
「よく行くジャズバーがあるのだけど、少し飲んで行きたくない?それとも帰る?時間も9時過ぎているし。」
「いや、いいよ。子供じゃないし、時間が遅くなってもオレは構わないけど、君は門限とかは大丈夫か?」
「日付が変わる前に家に帰っていればいいわ。」
ふたり立ち上がって、出口になる階段の方を向くと、特徴のある釜山訛りで話している男と、赤いコートを着た男女のカップルが階段を上がりきったのが見えた。
それが、ハニとジュングだとすぐに気が付いた。
スンジョが二人に気が付いてすぐに、ハニも気が付いて歩きを止めた。
「何や、ペク・スンジョやないか。根性悪同士、よぅ似合ってるわ。」
毎回ジュングの嫌味っぽい話し方に気分が悪くなるが、ジュングが言う様にオレは本当に根性が悪いのかもしれない。 言わなくてもいいのに、ハニを見るとつい言ってみたくなる。
「お前たちも、よく似合ってるよ。」
オレの目を見ようとしないで俯くハニに、ここまで言う必要があるのだろうか。
ハニはオレの事を好きで、オレ以外好きにはなれない事が判っていて、どうしてこんな風に突き放すように言ってしまうのだろうか。
ふたりが似合っていると言った事に、ジュングは気分がよさそうにしている。
「私達、ジャズバーに行くのだけど、あなた達も行かない?」
「ヘラ、趣味じゃないか?このふたりはジャズを聞いたって、つまらないだけだよ。お前らにはゲーセンがお似合いだ。」
そこまで言うのか? そう思っても口から出た言葉を戻すことは出来ない。
「オレ達だって、音楽くらい聞くぞ。」
スンジョに掴みかからん勢いのジュングを、ハニがそれを止めた。
「ジュング、行こう・・・・・」
あの後だろうか
ハニがジュングにプロポーズをされたのは。
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