思わぬ同居人 110
ユン会長は、若いオレ達を気遣ってイタリアンにしてくれた。
これがユン会長の今の気持ちだろう。
若い人が行くイタリアンレストランでも、相手は地位も高い人だ。
それなりの服装で行くのが礼儀だ。
ネクタイを締めていると、ドアをノックする音がした。
ハニだ・・・
「スンジョ君・・・・助けて・・・」
そっと中を伺うようにドアを開けた。
「着替えは終わっているよ。」
「本当?それじゃあ・・・・」
オレが着替えていると思っていたのだろう、着替えが終わっている事を伝えると勢いよくドアを開けて全開にした。
「あのね・・・ネックレスをしようと思ったけど、後ろに目がないから出来なくて。 」
誰だって、後ろに目があるわけじゃないけど、普通の人ならできるぞ・・・と言えば簡単だが、こんな風にネックレスを付けてあげるのもいいかもしれない。
「貸してみろよ・・・・不器用だな・・・」
「いつもは出来るんだけど、大きな会社の会長に会うと思うと緊張しちゃって・・・・」
白くて細い首にネックレスを付けるように廻すと、ハニは髪の毛を一つに持ってくれる事が普通の幸せに思えた。
これから先もうずっと続くのだろう、この幸せだと思う気持ちを知る事が出来たのはこの同居人のお蔭だ。
「いいわねぇ~」
突然開いたドアから、からかうような甲高い声がして振り向くと、ふたりの方にカメラを向けているグミとニコニコと笑って見ているスチャンが立っていた。
「おばさん・・・おじさん・・・」
「良い顔だったわよぉ~、帰って来たらプリントしておくわね。」
ハニにも完敗だが、お袋にも完敗だった。
最近は少し大人しくなっているのが気がかりだが、それでもオレ達がこんな風にしていると直ぐに気が付いてカメラを向けて来る。
ハニとオレをくっつけようとして張り切っていたから、目標が無くなっているのかもしれないが、こんな風にまたカメラを向けたのなら大丈夫だろう。
「じゃあ、行って来るから。」
「ユン会長に、ゴルフを楽しみにしているからと伝えておいてくれよ。」
「判りました。オレ達が遅れるのもいけない、そろそろ出かけよう。」
嬉しそうに頷いてスンジョの顔を見上げるハニに、笑顔で返してあげたいがグミが見ている手前、普通の顔をしてさりげなくハニの手を取った。
ギュッと握ると、それに応えるようにハニもそっと握り返した。
約束をしているレストランには、まだユン会長は来ていなかった。
それはそれでよかったのかもしれない。
ハニが堅苦しくないイタリアンレストランなのに、緊張して誰が見てもカチカチになっているのが判ったから。
「ねぇ、ユン会長って、ヘラと似ている?」
「似ているだろうな、ヘラのおじいさんだから。」
「こ・・・怖い?」
「お前はヘラが怖いのか?」
「怖いわけじゃないけど・・・・・苦手だな・・・」
「お前にはオレに出来ないものがあるだろ?どんなに困難でも、自分を信じて向かって行く力。お前が苦手だと思っているのなら、相手にも伝わる。苦手と言うのは、自分に自信がないからそう思うんだよ。お前には、頑固者を引き付ける力があるのだから、自信を持てよ。」
「頑固者を引き付ける?・・・スンジョ君の事?」
「さぁな・・・・」
少しハニの緊張が緩んだ時に、会長が秘書も伴わずに一人で店の中に入って来るのが見えた。
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