最後の雨 5
「遅いわね・・・・・・」
「お母さん、私が起きていますから、先に休んでください。」
時計の針が9時を過ぎても、スンジョはまだ帰ってこなかった。
遅くなると言っていたが、これほど遅くなったことは今まで一度もなかった。
結婚しているから、他の学生のように泊まり込んで資料作りをすることが出来ないスンジョは 、どんなに遅くなっても家に帰ってこないことはなかった。
「お医者様になるのって、大変なんだな・・・・・・・・」
医者になると言う事は大変な勉強をして、沢山の事を知識としていないといけないと判っていたが、天才スンジョでも今まで以上に勉強をして行かないといけなかった。
静かな住宅街にガレージの開く音が聞こえると、ハニは窓際まで走りカーテンを少し開けて外の様子を伺った。
ガレージ前に、見覚えのある二台の車。
一台はスチャンの車で、もう一台はハニが会いたくて仕方のなかったスンジョの車 。
家の中で静かに待っていられなかったハニは、急いで靴に履き替えて外に飛び出した。
「お帰りなさい、すごく寂しかった・・・・・・ん?」
抱き付いた感触はいつものスンジョとは違って少しふくよかで、肩の位置がいつもより下にあった。
「何をやってんだよ。」
「へっ?」
抱き付いていた人物から身体を離すと、戸惑っているスチャンが立っていた。
「ハニちゃん・・・・・・お父さんはどう思ったらいいのか・・・・・・寂しかったと言ってくれるのは嬉しいが・・・・・・・・」
「お・・・お父さん・・・ごめんなさい・・・・・」
「そっかぁ・・・ハニはオレがいない方がいいんだ、もう一度大学に戻ってみんなと飲みながら一晩明かした方が良かったかな?」
ハニに判らないようにスンジョはニヤッと笑った。
「違う・・・・・違うよ・・・・・・スンジョ君とお父さんを間違えただけ・・・・・」
「判ってるよ、冗談だ。」
「スンジョ、パパは先に家に入るから・・・・・・・・」
スチャンは気を利かせてその場に二人を残して、ポーチの方に階段を上って行った。
「お父さんに悪いことをしちゃったみたい・・・あっ・・・・・・・」
背中からスンジョの長い腕が伸びて、ハニはスンジョの胸にスッポリと収まるように抱き寄せられた。
「見られちゃうよ・・・・・・」
「別にいいだろう・・・・オレ達は夫婦なんだから。」
春になったとはいえ、まだ夜遅い時間になると冷え込むことがある。
広いスンジョの胸に抱き寄せられていると、嬉しくて温かくて幸せな気分になる。
「家に帰って来て、こうしてハニを抱きしめていると、疲れが吹っ飛びそうだ・・・・・・・・皆みたいに、泊まり込んで仮眠しようかと思ったけど、やっぱり家に帰って来てよかった。」
結婚してもう何度もスンジョの温もりを感じているのに、いつもドキドキしてどうしたいいのかハニは判らなくなる。
「夕食・・・・・・・温めるから・・・・・・・・」
「・・・・・・・・うん・・・・・・」
身体を離すと、今度はスンジョはハニの手を握って、ポーチをゆっくりと上がった。
「今日の夕食はね・・・・・私が作ったの。」
「へぇー、頑張ったな。」
「見てもいないのに、どうしてわかるの?」
ハニがスリッパに履き替えて、キッチンに向かいながら玄関の鍵を掛けているスンジョの方を振り向いた。
「匂いでわかる。」
「凄い!スンジョ君は本当に天才ね。」
ハニはオレが何でも知っていると思うと、こうして直ぐに天才だと言う。
こんなこと、誰だって判るさ。
「クリームシチューだろ?家の中にその匂い充満している。」
焦がさないように静かにお玉でかき回しているハニの顔が、あまりにも必死なことにスンジョは可笑しかった。
大したことじゃなくても、ハニは笑えるくらいに一生懸命になる。
「お父さんも食べるのかなぁ・・・・・・・・・」
「この時間だから、会社で食べて来たんじゃないか?食べすぎは、親父の身体に負担がかかるからな。」
「そうだね・・・・・・お父さんが倒れてまたスンジョ君が会社に行くことになったら、スンジョ君も困るものね。」
「ああ・・・・やっと、みんなに追い付いたしな・・・・・いただきます。」
スンジョが口に入れるのを、心配そうにハニは見ていた。
「美味い!仕上げに入れた生クリームが、適度な量で・・・・・コクがあって・・・・・・」
「お母さんに見ていてもらったの・・・・・チキンもね、余分な脂を取って臭みを抑えたの」
一つづつスンジョの為に、料理を覚えようと思っているハニは、キラキラと輝いていた。
食事をしながら、ハニの一日と、看護学生ついての初めての事を、聞いてもいないのに話をしているのを黙ってスンジョは聞いていた。
0コメント