最後の雨 12
ハン・ギョル・・・・・・
夕食時にハニが出した名前が気になって仕方がなかった。
風呂から上がってベッドで本を読んでいても、何も頭に入らないことなど今までなかった。
集中をして本に視線を戻しても、気が付くと何もない空間を見ていた。
勢いよくドアが開き、ハニのシャンプーの香りがフワリと漂った。
「スンジョ君、まだ起きていたんだ。」
「ああ、ハニが来るまでと思って読み始めた本に夢中になっていた。」
「折角早く帰れたんだから、たまには本を読んで私が来るまで起きていないで休めばよかったのに。」
本なんて夢中になっているどころか、同じ所ばかり読んでいて一行も頭に入っていない。
鏡に向かって、化粧水やクリームを塗っているハニの姿をぼんやりと眺めていると、頬を染めて振り向き際にスンジョを上目づかいに睨みつけた。
「やぁねスンジョ君。 そんなに見つめないでよ・・・・・恥かしいじゃない。」
「風呂から出ると、並以下のハニでも綺麗に見える。」
「ど・・・・・どういうこと?」
拳を上げてオレの方に向かって来るハニを見て、いつもなら可笑しくて笑うが、今日はどうしてなんだろう・・・・・笑うことが出来ないし、からかえば気持ちが楽しくなるのに、楽になるどころか楽しくもない。
ただ、今笑っているのは、何の感情もない笑い。
そんなオレに気が付いたのか、ハニは心配そうに覗きこんで来た。
「どうしたの?いつもみたいにからかって笑わないの?」
ハニの顔を見ると、何だろう今までと違った感情のようなものが自分の奥深い所から湧き上がって来るような気がする。
「ずっと忙しかったからベッドに入ったら疲れただけだ。」
「じゃあ、寝よっかぁ。」
ハニがオレの懐に入って来て、嬉しそうに頬を摺り寄せてくる。
上目づかいにオレにお休みのキスを要求した。
「お休み」
「お休みっ!」
ハニにお休みのキスをして、天井灯を消して布団の中に潜り込むと、一緒に眠る時はいつもそうしているように、ハニがベッドから落ちないようにギュッと抱く。
身体は温かく感じるのに、心が温かくならない。
眠って起きればきっと良くなっている。
聞かなければいいのにオレはまた聞いてしまった。
「どうして、看護科の仲間と自分の家を外から眺めていたんだ?」
「疲れたから眠るんじゃなかったの?」
「眠るけど、ウンジョに聞いたからさ・・・・・・お前が看護科の連中と外で何かしていたって。」
クスッと笑ったハニの息が首に掛った。
この感覚さえ、どうしてなのか違和感を感じる。
「スンジョ君の奥さん調べをしていたの・・・・・・」
「奥さんはお前だろう。」
「内緒にしているわけじゃないけど、言うタイミングが無くなって、その時にスンジョ君の家を見に行こうってことになったの。」
「ふ~ん」
ハニは不思議そうな顔をしている。
そりゃそうだろう、オレがハニに学校のことを聞いたのは初めてだから。
「会長がヘウンで・・・・・・・彼女ね、すごく美人なのよ・・・・・・・・副会長はミンジュ・・・・ミンジュって男の子なのに女の子なんだって。」
「性同一障害か?」
「青銅?生涯?」
「身体とは違った性別の病気だ。」
ハニはこんなことも知らないのか?
「それからヒスンと私が会員で・・・・・・ペンクラブの仲間になったの。」
楽しそうに話すハニは、不安だらけの看護学科に別の意味で楽しそうに見えた。
「寂しかったんだよ・・・・・ずっと・・・・・・」
「そうだな・・・・・ハニと、ずっと話もしていなかったし同じ時間に眠らなかったからな。」
心の中が寒いのに、ハニからお誘いがあると身体は熱くなってくる。
身体の向きを変えて、ハニの素肌に触れてすれ違っていた時間を埋めるように、愛を確かめ合った。
ハニの幸せそうな顔を見て、心が痛んだがきっとこのころから何かが変わり始めていたのだろう。
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