最後の雨 17
「よぅ、スンジョ。」
あまり親しくはないが、同じ研究室の仲間の一人から珍しく声を掛けられた。
どうせ飲みに行かないか、という誘いだとは分かっている。
「なぁ、進級した記念に飲みに行かないか?」
「・・・・・・・・」
「やっぱりお前は誘っても、行かないとは分かっていたけどな。家に帰れば愛しい奥さんのお出迎えもあるし。」
一応声を掛けただけというような言い方をした。
「いいよ。」
「へっ?」
「行くよ。」
スンジョが飲みに行くとは思わなかったのか、裏返った声を出して驚いていた。
飲みたいわけでもなかったし、ハニがオレの帰りを待っている家にまっすぐ帰る気がなぜかなかった。
別に、ハニと喧嘩をしているとかではないけれど、昼間のハニを見たらなんとなく家に帰っていつものようにハニをからかう気持ちになれなかった。
そう、いつもなら気持ちが乗らなかったりすると、家でハニをからかかえば、学校での授業に疲れたりした時に気分が晴れていた。
そう、あの男と楽しそうに笑っているハニを見なければよかった。
「キャー!んもぅ・・・・・・そんなに沢山持たせないでよ。か弱い女の子が持っていたら、『普通はオレが持ってやる』って言うでしょ。」
賑やかな一団が歩いていると思ったら、聞き慣れたハニの明るい屈託のない笑い声が聞こえた。
「おい、あそこにいるのは、お前の奥さんじゃないか?」
教室を移動する時に、一緒に歩いていた同じ単元を取っていた仲間が聞いて来た。
ハニと同じ背格好の女子学生が二人と、背の高い男子学生が二人。
授業に使う資料を運んでいるのだろうか。
それをハニがフラフラとして歩いているのを、女みたいな顔をしている背の高い男じゃない方の男が、何か怒りながら資料を拾ってはハニの荷物の上にまた乗せている。
ハニはその男に何か言われて目は怒ってはいるが、笑顔を向けてその言葉に返している。
オレにしか見せない笑顔を、オレに向ける笑顔よりも気楽にその男に笑顔を向けている。
オレはそんなにハニが気を使って笑わなければいけない男なのか?
「年下の看護学科の奴等とスンジョの奥さんは、年齢差の違和感がないんだな。」
「そうだな・・・・・・」
スンジョはその場から速くどこかに行きたかった。
性格がそういう行動を押さえているのか、いつもより無関心を装って表情を変えることなく歩き出した。
「平気なのか?」
「別に誰と一緒にいようといいだろ。同じ看護学科の仲間と、ただいるだけだから。」
「さすがだな。自信のあるお前だから言える言葉だな。」
自信・・・・・・
自信なんて今までオレはあるなんて、一度も思ったことがない。
思わなかったから、最初にハニと出会った時に、自分の生活のペースを乱して欲しくなかったんだ。
「おい、大丈夫か?そんなに飲んで。」
「大丈夫だ。」
どうしてなんだろう。
こんなに飲んでも酔えないなんて。
いつもそうだ。
どれだけ飲んでも、ほろ酔いくらいで、記憶を無くすことはなかった。
どうしたら、何も考えたくなくなるほど酔えるのだろう。
このまま家に帰っても、今の自分のこの問題の答えがあるのだろうか。
「スンジョ、携帯が鳴ってるぞ。」
オレは携帯の画面を見て、その場を少し離れた。
携帯を開かなくても、電話はハニだと判っていた。
<スンジョ君?今日も遅いの?>
「あぁ・・・・・・・・」
<無理しないでね。起きて待っているからね。>
「寝てろよ。何時に帰るかわからないし・・・今日は、飲んでいるんだ。医学部の連中と。」
<珍しいね。帰る時に電話してね。飲み過ぎないでね。>
帰る時に電話しても、お前はいつも眠っていて起きないだろう。
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