最後の雨 28
ハニの火傷の痕を見ると、自分のしたことがあまりにも幼稚に思えて情けなかった。
「目立つわね・・・・・・・お兄ちゃんが気を付けないからハニちゃんの身体に傷を付けたのよね。ううん、身体だけじゃなくて、きっと心も傷がついているわよ。」
お袋に言われて反論の余地もなかった。
あんな態度をオレが取ったら、ハニの心に傷もついていると言われてもそれは事実だ。
「お母さん、私が悪いんです。ちゃんとスンジョ君に置いていい場所を聞かなかったから。」
いつもなら『スンジョ君がいきなり手を動かすから!』 と言うハニだが、ここの所、不機嫌なスンジョを気遣っているのが判るから、自分の所為だと思ってグミにそう言うのだろう。
「薬・・・ちゃんと塗るんだぞ。その薬はよく効くから、オレが言ったようにちゃんと塗れば傷痕にならない。」
「責任とってよ!お兄ちゃん 。可愛い奥さんの足を傷物にしたのだから。」
「・・・・・・・・」
「何とか言いなさいよ。最近何が気に入らないのか、いつもブスッとして!そんなんだと、スンジョに愛想尽かして、もっとハニちゃんを大切にする人と浮気をするわよ。」
「お母さん・・そんな・・・私にはスンジョ君しかいませんから。」
何時までも家にいたら、お袋のつまらない話に付き合わされる。
ここら辺で切り上げて学校に行かないと面倒だ。
「行くぞ。」
「まだ食べ終わってないよ。」
ハニが言うのを無視して、スンジョはリビングのソファーに置かれているカバンを持って玄関を出て行った。
味わって食事をする気も起きない。
お袋に心を見透かれそうで 自分の気持ちを隠すことがいつまでも出来る自信がない。
車の中で採血の試験に合格が出来るか自信がないと言っているハニに、オレは『大丈夫だ』の一言も言うことが出来ないでいる。
判っていた。
ハニは、オレから採血の試験が上手く行くポイントを聞きたいのだと。
「怖がるな」
「えっ?」
「注射を看護師が怖がれば、される側の患者に不安を与える。自分は看護師だと言う自信を持てば出来る。」
暗示をするように、ハニの顔を見ないで低い声で言った。
「判った!頑張るからね、スンジョ君。」
ハニはオレと一緒にいたいから看護師になりたい。
そんな単純な考えでも、これほど頑張れるのはどうしてだろう。
「あっ!ギョル達だ。」
!ギョル・・・・あの男か。
ハニは他にもいるのに、あの男だけはすぐに見つけられるのか?
「アイツらと一緒に行くか?」
「ううん、スンジョ君と学校に行きたい。だって、スンジョ君と結婚していることは皆に内緒なんだもの。」
昔、同居を始めた時に、学校で一緒の家にいるのは誰にも話すなと言ったことがある。
あの時と逆だ。
ハニはあの時、こんな気持ちだったのか?
授業に集中している時は良かった。
いつも通りに出来たから。
「スンジョ、学食に行くのか?」
「いや・・・・ちょっと看護学科に・・・・・・・」
「羨ましいな新婚は。学校に来ても会いたいのか?」
「そう言うわけじゃ・・・・・」
ひとり看護学科に向かうオレの心は、みんなが新婚だと言って羨ましがっているのとは違っていた。
賑やかな休憩時間の看護学科の廊下を歩き、ハニがいる教室の部屋の前で立ち止まった。
『結婚していること言ってないの』
スンジョはグッと唇を一度噛んでドアを開けた。
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