最後の雨 29
「採血の試験は明日だよな。練習はちゃんとしているのか?」
「う・・・ん・・・しようと思うんだけど、練習の相手になってくれる人がいなくて・・・・・」
「自業自得だ。」
「どうしてよ、ギョル・・・・自業自得だなんて・・・・・」
「どうせ明日の試験はギョルの腕にするんだから、サッサと貸してあげたらどうなのよ。」
決して広くはないハニが今いる教室は、ギョルとハニを囲むようにミンジュとヘウンとヒスンが立っていた。
「ハニ・・・」
騒いでいたハニは自分が呼ばれたことに気が付き振り向いた。
が、それよりも早くヘウンがその声の主の方に走り寄った。
「医学部の・・・ペク・スンジョ?本物よねぇ?」
ヘウン以外の看護学生も、教室の入り口に立つ滅多に近くでは見られないスンジョを、この時を逃すことなく間近で見ようと走り寄った。
勿論、ミンジュも他の女子に交じってスンジョに近づいて行った。
当然のようにハニは結婚していること、それもスンジョの妻だと言うことを隠しているため、気が付かない振りをして、みんなとは反対の方を向いていた。
そう、スンジョの角度から見ると、ハニとギョルとかなり近い距離で向かい合っていた。
「ペク・スンジョ様・・・・・私看護学科のミンジュと申します・・・・お見知りおきを・・・・・・・」
「男か・・・・・」
スンジョの低くて冷たい言葉が氷でできた刃のように投げられて、ミンジュはそのままそこに凍りついた。
スンジョの機嫌が悪いのは、ハニに火傷を負わせてしまった負い目と、薬を塗り忘れていないかと様子を見に来たら、ハニがギョルと向かい合って楽しそうに話をしていたから。
ハニにしたら、別に楽しく話をしているわけではないが、スンジョはハニの想いよりも、ただ意味も無くギョルが気に入らなかった。
ミンジュやヘウン達女子の間を避けるようにして教室の中に入ると、背中を向けて立っているハニの腕をグイッと引っ張った。
「いっ痛い!」
「おい!医学部のヤツが何で看護学科に来るんだよ。 その手を離せよ。」
ギョルはスンジョの手をハニから離そうとするが、それをスンジョはサッと掃った。
「ハニ、薬を塗ったのか?」
呼び捨てでハニを呼んだスンジョに、傍にいたギョルやヘウン達その教室にいた看護学科の学生たちは驚いた。
「ハニ・・・って、スンジョ様がどうして、その他大勢みたいなハニを呼び捨てにするのよ。」
「そ・・それ・・・それは・・・・・・」
言いにくそうにしているハニの腕をギュッと引っ張ったスンジョは、目を釣り上げているギョルに視線を逸らせずに言った。
「オ・ハニとオレは結婚している夫婦だから。」
悲鳴のような驚きの声が廊下に漏れて、それもその階全体に聞こえるような声が響いた。
「ハニ!私たちに、結婚していることを隠していたの?」
「それも、あのペク・スンジョと!」
「うん・・・・・隠すつもりはなかったけど・・・・ううん・・・・・隠していた訳ではないけど。」
どう弁解してもあの口数の少ないスンジョが、狭い看護学科の女子たちの前で言ったのだから信用しない人などいるはずでもない。
「薬は塗ったのか?」
「塗ってない・・・・・・・」
「なら、こっちに来いよ、薬を塗ってガーゼを貼り替えないと。」
言われるまま成すがまま、ハニはスンジョに腕を引っ張られて廊下に出た。
「スンジョ君・・・・わざわざ来てくれたんだ。」
「ハニに火傷を負わせた責任もあるからな。」
さっきより幾分物の言い方が優しく感じられるが、それよりもハニは火傷をした事でスンジョと近くにいられることに独り浸っていた。
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