最後の雨 36
スンジョと喧嘩をしたわけでもなく困らせた記憶もない。
このところスンジョが笑った顔を見た記憶もないが、それは医学部というエリート集団の中では、いくら天才のスンジョでも、今まで以上の勉強をしないと、気が済まないであろうと言うことはハニには判っていた。
「ハァー、眠いな・・・・・・部屋の前を通ったら、ドアの隙間から灯りが漏れていたから、スンジョ君まだ起きているんだよね。電気を点けたままでは寝ないから・・・眠いっ・・・・フワァ。」
欠伸を大きくしていると、ギドンとスチャンがなにやら話ながら帰って来た。
「ママァ―、スチャンと帰って来たよぉー」
「寝ているんじゃないか?」
アルコールが入っているのか、二人は楽しそうに話していた。
「お帰りなさい。」
「「ぅわぁっ!」」
ギドンとスチャンはハニが突然出て来たことに驚いて、大きな声を上げて尻餅をついた。
「何だ、ハニか・・・まだ起きていたのか?」
「うん」
「ママはどうしたんだ?ハニちゃん。」
「お母さんは具合が悪いって、早くに休みました。」
「どうしたんだろうな・・・・朝は元気だったけど。」
「お父さん、食事を温め直しますね。パパも食べる?」
見ただけでも判るくらいに二人はアルコールが入って、食事など食べる余裕もなさそうだがハニは聞いてみた。
「ギドンの店に久しぶりに寄って食べて来たから、明日の朝食べるよぉ~」
「おいおい、そんなに食べたら豚になるぞぉ~」
「ハハハ・・・・ワシはもう豚だぁ~。でも倒れないぞぉ~、スンジョにも負担を掛けられんしウンジョはまだ小さいし・・・・・それよりも、ワシが倒れたりしたら、ママが元気がなくなる・・・・・・・・ママが具合が悪いって?こりゃいかんすぐに様子を見に行かんと・・・・・ギドン・・・それじゃあ・・・・・ハニちゃんも早く寝るんだよ。」
上機嫌なスチャンは、そのまま寝室に入って行った。
ギドンは、どこか寂しそうなハニの様子が、いつもと違いスンジョの傍に行こうとしないことが、気になって先に眠るどころじゃなかった。
「ハニ?どうした、元気がないみたいだけど?」
「何でもないよ、看護学科ってさすがに勉強が難しいね。頭を使う事ばかりで・・・・・・」
「そりゃぁ、人の命に関わる仕事だからな。ハニはスンジョ君の傍にいたいから看護師になるんだろ。今は辛くてもそのうちになれるよ。早く部屋に行って寝なさい。明日も学校で勉強があるんだろ?ハニは人の何杯も頑張らんといかん・・・・じゃ・・パパも先に眠るからな。」
「おやすみなさい」
誰もいなくなったリビングは広くて寒く感じた。
いつまでもこうしてリビングにいるわけにもいかないが、スンジョが自分を拒んでいるように思えて仕方がなかった。
「きっと私がまた何かドジをしたんだ。部屋に行って何をしたか聞いてもいいよね。」
部屋の前で立ち、ドアに耳を当てて聞いた。
パソコンのキーを叩く音、本をめくる音・・・何も聞こえない。
ハニは大きく深呼吸をして部屋のドアを開けた。
煌々と点く天井灯はいつも点ける点けないで言い争っていた。
言い争ってもそれはふざけているだけで、最後にはお決まりのようにベッドに倒れ込んでキスをする。
でも今日は既にスンジョは寝息を立てて眠っている。
「知らない間に眠っちゃったんだ。」
ハニはスンジョが明るいと眠れないと言っているのに、今日は天井灯を点けておいてくれたことに感謝しながら消した。
手探りでベッドに上がり布団の中に入ると、スンジョは寝返りを打って背中を見せた。
その広い背中が近いのに遠くて、触れることが出来ない物のようだ。
ふたりを隔てる、高い壁の様に見えるスンジョの背中は、呼吸に合わせて動いているが、こんな風に眠ったことはなかった。
頬に伝う涙とスンジョの遠い背中が、明日の朝には元に戻ってくれればいいと思いながら、目をギュッと瞑った。
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