最後の雨 46
「寝ないのか?」
入口にたたずむハニに背中を向けてベッドに横になっているスンジョは声を掛けた。
「ぅ・・・・うん・・・・」
そっとベッドに入りスンジョの方に体ごと向けたが、いつもと同じようにハニを見ようとしなかった。
近いはずのスンジョの背中がとても遠く、触れる事さえ拒まれているように思えた。
出した手を引っ込めて、ハニもスンジョに背中を向けて目を閉じた。
目を閉じても眠ることも出来ず、ただじっとスンジョの寝息を聞いて朝までの長い時間を待っているだけ。
頬を流れる涙を拭うこともしないで、我慢しようとしても我慢が出来なくて嗚咽が漏れる。
いつからスンジョは自分に心を閉ざして、笑顔も向けてもらえなくなったのかもハニには判らない。
何も失敗していないとは言えないが、スンジョを困らせるようなことをしたことさえ覚えていない。
ぅっ・・・・・・ぅっ・・・・ぅぅ・・・・
静かな部屋に聞こえるハニの心の叫びのような嗚咽。
どんなにスンジョの事を考えても、忘れることが出来なかった。
スンジョもまた眠れなかった。
ハニが何かしたわけでもなく、ただ自分の心の奥の何かが、這い出したいように渦巻いている。
もうハニを泣かせないと約束したのに、泣かせないどころかハニの一番きれいな表情の笑顔をもう何日も見ていない。
明日、キャンプ場に着いたら、ハニと昔のように話せるだろう。
二人だけで過ごせばきっとどうしてこうなったのか判るはずだ。
お休みハニ。
今は眠れないけど、環境の違う場所で二人だけで過ごせばきっとオレの訳の分からない靄が晴れるはずだ。
『気を付けて行ってらっしゃい』と言うグミの送り出しに、一応笑顔を向けたハニだが、目が遠くを見ていることがグミには気にかかった。
「どうしたものかしら・・・・・・あんなに明るかったハニちゃんの笑顔が消えて・・・・スンジョ・・なにを悩んでいるのか知らないけど、誰かにその思いを言ってくれればきっと解決すると思うわ。ママはあなたに何もしてあげられなかったけど、あなたをあなたらしくしてくれるのはハニちゃんだけよ。早く自分の気持ちに気づいて。」
小さく見えなくなるまで、グミは二人の乗った車を見送っていた。
ボンヤリと窓の外を見るハニの顔が、助手席側の窓に映っている。
今まで見たこともない程に、悲しくて苦しそうなハニの顔。
「そう言えばこの間、携帯が鳴っていたから出たぞ。」
「誰から?」
「ギョル・・・・月曜日に忘れずに持って来いと言っていた。わかるか?」
「うん・・・・どうして知っているの?」
「悪いとは思ったが、携帯が鳴っていてお前が出られそうにないから、相手がギョルで緊急かと思って代わりに出た。」
「ありがとう・・・・・・」
前ならお前・・・・・怒っただろう。
勝手に人の電話に出ないでよって。
ミナやジュリ・・・・・・それにジュングだって嫌がっていたのに、どうしてギョルなら怒らないのだ?
重い空気の中で、二人の会話は無くただ黙って前を向いているだけだった。
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