最後の雨 51
「ギドンさんが、いらしたのかしら。」
廊下の方で看護師と誰かが話している声が聞こえる。
こちらに近づく足音と、案内してくる看護師との会話でそれがハニの父ギドンだとスンジョも認識した。
案内して来た看護師に挨拶をして、暫くすると小さくノックがされて病室のドアが開いた。
「すみません、遅くなりました。」
グミがすぐに立ち上がってギドンを迎えたが、スンジョはギドンの顔を見ることが怖かった。
大切にすると誓って結婚をしたのに、一年も経たないでハニを苦しめてこんな目に遭わせてしまった。
「スンジョ君・・迷惑をかけてすまない。」
どうギドンに謝って、何から話してどう説明をしたらいいのか迷っていると、先にギドンが口を開いた。
殴りかかられる覚悟で言葉を待っていると、穏やかなギドンの話し方に、スンジョは返って申し訳なく感じた。
「すみませんお義父さん、オレが一緒にいながら。」
「どんな具合だったのだろうか。」
「助けてすぐに人工呼吸をしたので後遺症とかの問題はありませんが、ここに運び込んだ時に興奮していたので、今は安定剤を投与して眠っています。」
「そうか・・・すまないね・・・・・・・」
お義父さんはきっと気づいている。
オレ達が最近上手く行っていなかったことを。
「スンジョ君と話がしたいのだけど・・・・」
「私が見ていますから、談話室を借りたらどうかしら。」
山間部の病院は、街中の病院と違いベッド数も少なく入院患者もさほどいない。
静まり返った談話室に、ギドンとスンジョは向かい合って座った。
「本当のことを言ってくれないか?」
「お義父さん・・・・・・」
「上手く行っていなかったんだろ?君の帰りが遅かったり、研究所に泊まり込んだりしている時に、よく遅くまでハニはリビングでポツンとしていた。何でもないと言っていたけど、ハニは君のことしか頭にないからな・・・・・・・寂しくて仕方がなかったと思う。」
お義父さんがオレの事を名前で言わないで、「君」と言っている。
ハニが海に落ちたと言うことで、何か考えているのだろう。
「聞こえない振りをしていたけど、小さな声で呟いていた。嫌われちゃった・・・・のかな・・・・と。」
「そ・・そんな・・・・ハニを嫌いになんて・・・・・・」
「判っている。君は真面目でどんなことも手を抜いたりしない性格だ。普通なら、大学の勉強だけをしていればいい年齢だ。早くに結婚して、ハニの為にどんなに遅くなっても帰宅して・・・それでも帰れないことがあっても可笑しくない。ハニも君も今の生活に、限界が来ているのじゃないか?」
「どういうことですか?」
「出来の悪いハニの勉強も見ているから、自分の時間も取れないのじゃないか?君が医学部を出てハニが順調に看護学科を出るまで別居して、自分だけの勉強に専念して見たらどうだ?」
「それは・・・・・・・」
「ハニは妊娠していないだろ?」
「はい・・・」
「その間にお互いを考えてみたらどうだ?今日はワシが付き添うから、家に戻りなさい。戻って一人で考えてみるのもいいと思う。考えて別の人生を歩むのも構わない。半年の結婚生活でもハニには幸せな時間だと思わせてやって欲しい。」
看護師から談話室の使用時間が来ていることを知らされて、二人はハニの眠っている病室へ移動した。
「話が終わったの?」
「ええ、スンジョ君も学校の勉強が大変みたいだから、ここはワシが見ていますので、奥さんもスチャンやウンジョ君のことをしてやってください。」
お袋は気にしなくていいと言って、ハニの世話をしたがっていた。
夫のオレはどうしてあの時お父さんに言えなかった?
ハニがいるから医学部の勉強が頑張れると。
別居するつもりも・・・離婚をするつもりもないと、なぜはっきり何故言えなかった?
一時もハニを離したくないと。
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