最後の雨 54
スンジョ君が大学に行っている間に、ペク家からパパのお店の二階に引っ越した。
海に落ちた日・・・・ううん・・・違う、スンジョ君から逃げるために飛び込んだあの日、本当の事は私が言わなければスンジョ君は絶対に言わない。
あの旅行がスンジョ君との最後の旅行のような気がして、スンジョ君が話がしたいと言った時、「離婚をしようと」言われるのじゃないかと思って、その言葉を聞きたくなくて、泳げもしないのに怖いのを我慢して思い切って海に飛び込んだ。
死ぬつもりなんて全然なかったけど、海に落ちて行く瞬間、覚悟をしていたのに、離婚を言われてもスンジョ君と離れたくないと思った。
暗くて冷たい海の中でどうしたらいいのか判らず、波の動くのに身を任せていた時、誰かに抱きとめられた。
誰かは判っている。
冷たい海の中でも判る温もりはスンジョ君だった。
「バカ!どうして泳げもしないのに飛び込むんだ!死んだらどうする!」
死ぬつもりなんてなかったけど、生きているのも辛かった。
スンジョ君に嫌われたまま、あの家で暮らすのなら死んだ方がマシ。
そう言いたかったのに、海に落ちて行く時の恐怖と水の中の冷たさと暗さで、怖くて怖くて泣き叫ぶことしか出来なかった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど、妻が足を滑らせて海に落ちたことで興奮しているので・・・・病院を教えてください。」
スンジョ君が私を妻と言ってくれた。
嬉しかった・・・・・
シャツを脱いだだけで直ぐに飛び込んで助けてくれたことが嬉しかったけど、また迷惑をかけてしまったことに後悔をしたらまた泣けて来て。
いつもいつも私が自分で問題を起こして、だからスンジョ君は私が気が付いてないところで迷惑をかけたから、私に愛想を尽かしてお別れの旅行に来たんだ。
「寒い・・・・・」
スンジョ君がすぐに車からブランケットを持って来てくれたけど、寒くて寒くて・・・・違う寒いわけじゃないかもしれない。
身体がガタガタと震えていた。
「なぁ・・・ハニ、スンジョ君の勉強が落ち付くまで、そうだなスンジョ君が大学を出るまで別居しよう。 」
あの時は、別居は嫌とは言えなかった。
海に飛び込んでスンジョ君に迷惑をかけたから。
「よぉ!」
ポンと肩を叩かれてその声の方を振り向いた。
「スンジョ君、あのね・・・私ね、本当は言いたいことがあったの・・・・・あ・・・・・・・・」
「言いたいことがあったら家で言えばいいだろう。全くムカつくよ、あんな冷徹男と間違われて。」
ギョルは何も知らなくて言ったことは分かっているけど、スンジョ君は冷徹男なんかじゃない。
本当のスンジョ君は、優しくてとても温かい人。
ただ、自分の気持ちを言葉や態度で上手に表すことが出来ないだけ。
そして、真面目だから人一倍に相手を思いやり全力で守ってくれる、世界で一番温かい人。
「離婚しちまえよ。あんな奴と」
その一言が一番胸に突き刺さる。
スンジョ君がそう思っているんじゃないだろうかと、最近・・・・・ううん、結婚を後悔しているんじゃないだろうかと私は思っていたから。
「何言ってんのよ、そうそう・・・合コンの場所さ、あそこってなかなか予約を入れられないって言うのに、よく見つけたよね。さすがだよ・・・・明日はお洒落しないとね。」
ミンジュとヘウンが医学部との合コンを喜んでいる。
海に行く前に決めた場所だけど、スンジョ君は来てくれるのだろうか?
会いたい・・・・・たった一日だけしか離れていないけど、嫌われていても会いたい。
顔を見るだけでもいい。
声を聞くだけでもいい。
遠くから見ているだけでいいから、スンジョ君に会いたい。
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