最後の雨 56
約束した時間の少し前に、医学部の学生が到着し、狭い店内の通路を通り、予約をした個室のドアを開けて一人二人と入ってくる。
看護学科の女子たちはその入ってくる笑顔の医学部生たちを通り越して、その向こうにいるだろうと思っている人を探していた。
「入ったら座席くじを引いてくださいよぉー」
医学部の参加者は15人。
半分ほどの人が入って来てもスンジョの姿は見られない。
「おい、この上座は誰だよ。」
一人の医学部生が上座のその席だけが椅子のランクが違うと騒いでいた。
「ぼ・・・僕です・・・・・。」
一斉にそちらを見る看護学科の女子学生たち。
「「「嘘っ!」」」
そんな言葉が出てもおかしくない。
ミンジュとヘウン達で座席くじに細工をして、上座にスンジョが座ることになっていた。
「誰?あんたは・・・・・」
「ぼ・・・僕はキム・ジョンチョル・・・・・」
「座席くじの紙を見せて・・・・・・・」
と、ヘウンがジョンチョルから奪い取るようにした時に、ハニの胸がドクンとなった。
ス・・スンジョ君・・・・
「オレも上座だけど・・・・・・」
上座の座席番号はどういうわけなのか二枚あった。
「なんで二枚あるのよ、ヘウンあんた何枚作ったのよ。」
「一枚よ。一枚作って、ヒスンに渡した・・・・・・・・あっ・・・・・・もしかしたら二枚作ったかも・・・・」
「何やってるのよ。折角工作したのに・・・とと・・と・・・」
ヘウンはスンジョに渡す座席くじをヒスンに渡したことを忘れて、もう一枚作ってしまっていた。
それをヒスンにまた渡した。
開けられないように、テープで留めていたから、直前に中を開けて確認することもなく、ヒスンは何も聞かされていなかった最初の細工をした座席くじを貰うと、それを箱に入れて、後からの方がスンジョに手渡す座席くじだと言われた方をポケットに忍ばせていた。
結局、ミンジュとヘウンは公平でなければいけない座席くじに不正をしたと言われて、スンジョから一番遠い席に座らされた。
その反対側の席のくじを引いたハニ。
スンジョの両サイドにいる看護学科の女子学生の嬉しそうな顔を見ることが辛かった。
「飲むか?」
「ギョル・・・・・」
「くじでお前の横になった。」
「うん・・・・・・」
冷えたビールをグラスに注がれると、合コンの始まりの乾杯の合図で一気に飲んだ。
ビールなんてほとんど飲む事はない。
スンジョから、ハニはアルコールに弱いから、家の外では飲むなと言われていた。
でも今は飲みたかった。
スンジョと別居してからたった一週間だが、もう何十年も離れているような気がする。
心のどこかにスンジョが直ぐに迎えに来てくれると期待していた。
海に飛び込んで助けてくれたのだから、1日か2日経ったらきっと家に帰ろうと言って迎えに来てくれると思っていた。
「ギョル・・・・ごめん・・トイレ」
「気持ち悪いのか?」
「違う・・・・変なことを聞かないでよ。」
「気が付かなかった。」
本当は気持ち悪かった。
食べずに飲んでいたから気持ちが悪くて吐きそう。
ハニは、もつれる足でトイレまでフラフラと歩いて行った。
「おい、そこの天才さんよ。両隣の女にデレデレしてないで、自分の奥さんが飲み過ぎたのにいいのかよ。」
ギョルの叫ぶような声が部屋の中に響いて、今まで騒いでいた人が話すのを止めて声は静まり嫌な空気が流れた。
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