最後の雨 58
「楽になっただろ?」
「うん・・・・やっぱりスンジョ君は天才だね。」
「バァーカ、こんなことが出来て天才なんて言ったら、ハニ以外はみんな天才だ。」
「ひどぉーい。」
久しぶりだ、こんな風に軽く話せたのは。
ハニが吐いたように、自分の心の中の物も吐き出て来たのかもしれない。
「口をゆすげよ。サッパリするぞ。」
トイレの入り口のドアが、音も立てずに静かにしまった。
スンジョとハニはドアが開いたことも閉まったことも気が付かなかった。
「ヘウン、何をやってんだよ。」
「何でもない・・・・ほらあっちに戻るよ。」
「お前、トイレに来たんだろ?何、顔を赤くしてるんだよ。」
「うん・・・何でもないったら。ただね・・・・・ハニとペク・スンジョの間に私達は入れないって・・こと。」
「お前、酔っぱらって、壁に頭でもぶつけたか?。」
ギョルはそう言って男子トイレに入って行ったが、トイレに入りづらくなったヘウンはそのままみんなのいる部屋まで戻って行った。
「帰るか?と言っても、こんなに酔ったお前を一人で返せないし、どこかに行こうか?」
ハニはスンジョの言葉に今は一緒にいるが、現実では別居中だと言うことを思い出した。
「鞄・・・・・取って来なきゃ。」
「看護科の連中に明日になって大学まで持って来てもらえばいいよ。」
スンジョはハニを抱き起してトイレから出ると、店の入り口までハニの身体を支えて歩いて行き、店員に妻が具合が悪くなったので帰ることを伝えてもらうように言って店を出た。
「スンジョ君、私・・・電車で帰るから・・・・・」
スンジョから離れて先に歩き出したハニの手が引かれた。
「ちょっと待ってろ、タクシーを拾うから。」
スンジョに掴まれたところが温かくて、あの海の日がもうずっと昔のように感じる。
あの時のスンジョは今のように、優しく話をしてくれなかった。
「15分ぐらいかかるけど、ここにいると他の連中の帰るのと重なると別居している事が判ると面倒だから移動するぞ。」
先に歩き出したハニを今度はスンジョが追い越して、ハニを引っ張りドンドンと歩いて行った。
「そんなに歩いたら、タクシーが見つけてくれないよ。」
「呼ばなかった・・・・」
「えっ?」
「ハニといたいから呼ばなかった。」
スンジョはそう言うと、振り向いてハニを抱きしめた。
「スンジョ君、人が見てるよ。」
「見ててもいい。どこかに泊まって行かないか?」
泊まって行かないかと言われて、ハニは身体が急に熱くなって来た。
「嫌か?」
「嫌じゃないけど・・・・・・・」
「さっき電話かけたのは、お袋にだよ。今夜は帰らないからと。」
「い・・・・今は・・・ダメ・・・」
「ダメ?どうして?」
「え・・・っと・・・その・・・・」
何か言いにくそうにしているハニを見て、スンジョはクスッと笑った。
「何もしやしないよ。」
「へっ?」
「生理中なんだろ?」
ハニは夜とはいえまだ人が歩いている場所で、生理中だという事をスンジョに言われたことが、暗い場所でも判るくらいに顔を赤くしていた。
「やだ・・・そんなことここで言うなんて。人が・・・・」
「人なんて聞いていたっていいさ、会うことがない人たちだから。話がしたいんだ、これからの事。」
優しく笑ってはいるスンジョだが、別居している今これからの事を話すと言われてハニは胸が締め付けられるように」苦しくなった。
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