最後の雨 62
ゴクッと唾を飲み込む音が、静まり返った部屋に響くように感じた。
「本当の気持ちを言って。」
「本当の気持ちを言ってもいいのか? オレはストレートにしか言えないことは、お前は知っているよな?」
スンジョのちょっとからかう言葉と表情に、ハニは一瞬‘ハッ’としたが、からかわれたことで安心したような顔をした。
「出来れば・・・・お手柔らかに・・お願いします。」
「オレは、ハニとは別れる気はない。」
“えっ”と小さな声がハニから漏れた。
「別れると思っていたのか?」
コクンと頷くハニの目は、泣くのを我慢しているのだろうか?
物音を聞いただけでも流れてしまうくらいに、涙が止まっていた。
「ハニがオレ以外を好きになれないのなら、オレもハニ以外は好きになれないことは変わりはない。自分の気持ちが安らぐ場所も、自分らしさを出せる場所もハニじゃなければ出来ない。」
ポロリとハニの目から大粒の涙が流れた。
「どうしてだろうな・・・・・オレはお前よりは知識は豊富だけど、叶わないことがいくつもある。」
「だって・・だって・・・・・スンジョ君・・・ずっと、私を見てくれなかった・・・・・・」
ポロポロと流れる涙をハニは拭うことが出来なかった。
そんなハニをスンジョがそっと抱き寄せると、堰が切れた様に声を出して泣き出した。
「ゴメン・・・・・そんな一言もハニみたいに言えないし、今まで一度もハニ以外には言ったこともないし言うことに遭遇したこともない。ハニが看護学科に入ったころから、自分の心の奥に何か訳が分からない物が沸き起こって来た。」
「訳が分からない物?」
涙と鼻水でグシャグシャな顔が、スンジョが気が付いていても口に出して言うことが出来なかった言葉を、やっと言う勇気が出てきた。
「嫉妬という物らしい。」
「らしい?」
「ああ・・・・オレの知らない感情の一つだった。教えてもらったんだ、このオレが。」
少し照れたように笑うスンジョは、今までよりももっとハニは好きになった。
「誰に?」
「ジュングにさ・・・・学食でランチを摂っていた時に、聞いて来たんだよ。<おい、ハニとどうなってるんだ。シェフも一緒に店の二階で生活をしているし、お前ら結婚しているのに何やってるんだ>と。」
「そうだな・・・ジュングはクリスと上手く言ってるみたいだな。お前たち結婚するのか?」
「えっ・・・まっ・・・その・・・・・そんなことはいいけど、何やってんのかって聞ぃてるんだょ。」
「・・・・・・・・」
「看護学科のあの男か?背の高い女みたいなヤツと派手な女と天使みたいな女の子とつるんでいる、気にくわない男。」
スンジョはあまり食欲もないが、午後からのハードな講義の為に流し込むように淡々と食べていた。
「ハン・ギョル・・・・アイツの存在にイライラするし、アイツと楽しそうに話しているハニを見るのもイライラする。」
「そうそう・・・アイツや。もしかして焼きもちか?」
「まさか、オレは他人には興味がないことを、お前は知っているだろ。ただ・・・・・・」
まだこのころは自分の新たに芽生えた感情の意味は知らなかった。
「ムカつくんだよ。アイツと気楽に話して笑っているハニを見ると。」
ジュングが、スンジョの話していることをニヤニヤと笑って聞いていたが、我慢しきれずに学食中に聞こえるくらいに大きな声で笑い出した。
「何だよ、何が可笑しいんだよ。」
「お前、天才なのに分からんのか?」
「はぁ?」
「もしかして、ハニとその男といるのを見て、イライラとしたりムカついたりしとったんじゃないか?」
「ぁあ・・それがなんだよ。」
「それが、嫉妬や。完璧天才君がようやくオレ達、バカと同じ人間の感情を持てたってことや。」
オレはジュングにそう言われて、腹が立つより言葉を知ってはいたが、初めて実感した感情の意味をようやく理解したんだ。
「早く自分に素直にならんと、取り返しのつかんことになるぞ。」
スンジョは学食での事を、恥ずかしそうにハニに話すと、ハニはそんなスンジョの首に両手を巻き付けて今度はスンジョを抱きしめた。
「私は、ギョルと話していても、スンジョ君の為に必ず看護師になろうと思っていたの。どんな時もスンジョ君しか考えられないから。」
ようやく、自分の感情を口に出してみて、スンジョは胸の奥で仕えていた物が綺麗に取れた。
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