最後の雨 71
見上げているハニの顔がその人物を見て安心したのか、大粒の涙が今にも流れそうだった。
「何だよ。」
ギョルが振り返ると、そこにはスンジョが立っていた。
「何しに来たんだよ。」
「何しにって、それはこっちが聞きたい。」
いつもと違うギョルに、いつもと違うスンジョ。
その二人の睨み合いに、ハニは怖くなってブルッと震えた。
「スンジョ君、喧嘩はしないで・・・・・」
顔色を変えているハニに、優しく笑いかけてハニの手を引き起こした。
「喧嘩なんかしないよ。こいつとは何も話す必要もないから。」
「お前・・・・・何様だよ、人を小馬鹿にして・・・・コイツを怯えさせて無視して・・・・・別居しているなら、サッサと別れてコイツを自由にさせてやれよ。」
最初はギョルとハニだけしかいなかった場所。
二人が心配になって追いかけて来たミンジュ達と、ハニが結婚していることはほとんど知っている学生たちは、面白半分に三人の様子を見に来ていた。
スンジョが、その場に来たことで人が普段来る事のないその場所が、意外な展開になる雰囲気を楽しんでいる劇場のようになっていた。
厚い雲の間から雨がポツンポツンと降り始めたと思うと直ぐに本格的な雨となった。
「お前何様だとか、ハニの事をコイツだとか・・・・・お前に言われる筋合いはない。」
言葉に感情を入れないで、ギョルとは対照的に冷静に話をしているスンジョだが、顔はハニが今まで見た中で一番怖く感じた。
「スンジョ君・・・・スンジョ君・・・・・・・」
「大丈夫だ。オレは喧嘩をしないから。話してもダメなやつには、話す必要がないからな。」
静まった場所が、まるでドラマのワンシーンのような三人の雰囲気に、見物人たちは唾を飲み込んで見ていた。
「お前のそう言うところがムカつくんだよ。全て自分が正しくて、人を見下げているその言い方が。」
「そうか?別にオレはお前に好かれようなんて思っていないし、オレは人に好かれる性格ではないことは自分自身が知っている。人に説明するのも面倒だけど、お前はハニがオレと結婚していることを知っていて、大勢の学生の前で、今の状況を作っても平気か?」
見回せば、知らない間に警備員がここに走って来そうなくらいの野次馬が増えていた。
「折角ハニをここに連れ出して、自由にさせてやれよと言ってくれたのなら、今後の為に面倒だけど言ってやるよ。ハニが好きでずっと一緒にいたいのはこの世の中に5人だけだ。」
「5人?」
「ハニの父親とオレの両親、それにオレの弟。一生添い遂げたいと思うのはオレだけだ。悪いがお前はただの友人の一人にしか過ぎないと思う。」
ここに来てスンジョは初めて、ニヤリと笑った。
ギョルの拳がギュッと握られたことをスンジョは見逃さない。
「結婚している女に、一方的に自分の気持ちを押し付けるお前が正しいのかどうかはここで見物している人間にだって判る。別居しているって言っても、世間一般の別居ではないし、勉強の為にお義父さんが提案してくれたことだ。お前に心配してもらわなくてもいいが、ハニは今日からまたオレと一緒に暮らすし、もう何も不安がらせることはない。」
ハニと繋いでいた手を離して、スンジョはハニの肩に手を添えて自分の方にぐっと引き寄せた。
「悪いな・・・数日の別居でも、オレが寂しくて家で寛げないから、卒業までのつもりだったけど早く迎えに来ることになったんだ。オレは家族の中でもハニにしか、本心を見せることが出来ないんでね。」
ギョルに向けられていた冷たい感情の無い視線をハニに移して、その目の表情はスンジョを知って初めて見るくらいに温かくてハニを守ると言う心が写っていた。
「スンジョ君・・・・・・・今日から戻っていいの?」
「いいに決まってるだろう。オレが寂しくて仕方がないから、迎えに来たんだ。」
「スンジョ君・・・・・・・・・・・スンジョ君・・・・私も寂しくて・・・・スンジョ君の横にずっといたい・・・・・・」
堪えていた涙が雨と同じくらいに止むことなく、ハニはスンジョの胸の中で泣いていた。
「行こうか。雨に濡れて風邪を引きたくないだろ?」
ウンウンと頷くハニの頭から着ていた上着をフワッとかけて、沢山の学生が注目している中を二人は歩いて行った。
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